猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁


翌朝の、温室に連れて行ってもらうという約束は果たされなかった。グレースが昼過ぎまで寝床から起きてこなかったためである。

ラルドは宣言どおり、グレースを簡単には寝かせてはくれなかったのだ。

いままでが決して乱暴だったとか、雑だったわけではない。だがより優しく丁寧に扱われ、熱く深く身体の隅々まで余すところなく求められて、グレースは愛し愛される行為の貴さを教えられる。
互いに幾度も高みへと登りつめ、身も心も充実したまま、絡めた温もりをほんの少しも逃さないように抱き合い眠った。

それなのに、ようやく目が覚めたときにはすでに太陽は中天にあり、グレースは寝台の上にひとり取り残されていたというわけだ。


「どうして起こしてくれなかったの」

ほぼ同時に眠りに就いたはずのラルドが涼しい顔をしてカモミールの香茶を飲む談話室で、グーレースは子どものように拗ねてみせる。
早朝のうちに荷物と一緒に到着していたカーラが、呆れ顔でグレースにも同じ茶を供した。

「よく寝ていたからですよ。温室なら、またにすればいいではありませんか。まあ、明日の朝も起きられるとは限りませんが」

グレースにだけわかるように、艶めいた視線を送ってくるので心臓に悪い。天気の良い庭に目を向け、視線と話題を逸らした。

「こちらにはどのくらい滞在できるの?」

「そうですね。予定が圧してしまったので、五日ほどでしょうか」

王都に帰れば、夏に行われるイワンの婚礼に向けて、また忙しい日常が戻ってくる。ゆっくりしていられるのも今のうちということだ。

グレースは、新婚時代をやり直そうなどと結婚半年にして考えていた。

伯爵夫妻が宿泊しているため、白薔薇館には一時的に通常より人が増えた。それでも、王都の屋敷に比べれば段違いに人目は少ない。
グレースが少々羽目を外したところで、その奇行がほかの貴族たちに知られる心配もないし、なにより面と向かって咎める者が格段に少ないのだ。

数少ないうるさ型の筆頭であるカーラとて、口では小言を言いながらも、余程のことがない限りは見逃してくれていた。
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