猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
深夜から降り出した霧のように細かい雨は、翌日の夕方まで続く。
温室に行くことを諦めたグレースは、窓から庭を眺める。まだ作庭途中の薔薇園の葉は雨滴に濡れ、緑を一層深くしていた。

手紙を書くというラルドを書斎に残し、グレースはひとり館の中をうろつく。カーラもマリも、屋内にいる分には妙なことにはならないだろうと放任している。

それほど広い館ではないので、すでに一通りは回って確認済みだ。ライラの面倒をみながら仕事をしているコニーの手を少しでも軽くてあげようと、母娘の姿を探してみることにした。

灰色の雲で覆われている空のせいで昼間でも薄暗い廊下を進んでいたグレースは、ひとつの部屋の前で足を止める。試しに扉の取っ手に手をかけてみると鍵はかかっておらず、あっさりと開いてしまった。

意味のない忍び足で踏み入れたのはフィリスの部屋。初日と同じように整えられ、主はいま、ちょっと席を外しているだけだと言わんばかりの様相を呈す。
もしかしたら、コニーは本気でフィリスの帰りを待っているのかもしれない。そんな考えがグレースの脳裏に浮かぶ。

無人の部屋で姪の痕跡を探して回る。年頃の娘だったはずのフィリスの持ち物は、王女としては異例ともいわれたグレースを上回るほど質素で華やかさに欠いていた。

寝台の向こう側に先日は気づかなかった扉を発見し、思い切って開けてみる。勢いよく開かれたその奥は、何のことはない。衣装部屋だった。

ただひとつほかと違っていたのは、中に充満する薔薇の香り。一枚の扉で遮られていたそれは、解き放たれたように室内に流れていく。あの日嗅いだ香りは、まさかここから漂ってきたのだろうか。

そんなふうにも思いつつ、あらためて衣装部屋を確認する。ここにあるものも、当代の王女だった彼女の立場にしては数が少なかった。

まあ、こんなところで着飾ってみたところで、見せるのは使用人たちしかいないのだが。

それでも、上等の生地を使い、王都ではあまりみかけないような凝った意匠をしている。物珍しがって順に見ていたグレースは、この場では異質なものを発見した。

手に取って広げたそれは、どうみても少年の衣服だ。この館にいた者のものだろうか。それにしても、フィリスの衣装に混じって置かれているのはおかしい。
彼女が着ていた?なんのために?

いくら考えても答えの出ないグレースは、ほかにも気になるものを見つけてしまう。隠すようにひっそりと、布のかけられた木箱が隅に置かれていた。

罪悪感よりも好奇心のほうが勝り、心臓をどきどきと鳴らしながら布を取り払う。箱の中に丁寧にたたまれ入っていたのは、子ども――それも、ごく幼い子のために作られた衣類だった。

人形に着せるのかと思うくらい小さなそれを、グレースは胸に抱きしめる。ふわりと上がってくる薔薇の香りは間違いない。ロザリーがフィリスのために手ずから縫ったものだ。
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