猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「こちらにいらしたんですね」

肌着を胸にうずくまっていたグレースの肩ぎくりと跳ねる。気まずい思いで振り返ると、コニーが驚いた顔をして立っていた。

「ああ、よかった。みつかって」

「え、あの。ごめんなさい、これ……」

グレースは、ぐちゃぐちゃにしてしまった肌着を怖ず怖ずと差し出す。

「ああ、フィリス様が赤ちゃんのときのですね。お母様が作られたそうですけど、器用な方だったみたい。縫い目は細かくて揃っているし、すごく丁寧に作られています」

小さな縫い目のひとつひとつを確認するコニーの目は真剣そのもの。それに圧倒され、グレースはこの場にいる言い訳もできずにいた。

「あれ?お伝えしていませんでしたっけ?私、本業はお針子なんです」

家探しのようなまねをしていた理由や肌着を抱きしめていた件にも触れず、コニーはそれを手早くたたんで元に戻す。

「それで、ラルド様に言われて奥様をお探ししていました。いま、お時間大丈夫ですか?採寸させてください」

「え、採寸ってどうして?」

コニーは唖然としたままのグレースの手を引き、衣装部屋から連れ出した。

「ここでいいですよね」と、フィリスの部屋でさっそく道具を用意し採寸を始めてしまう。テキパキ動く姿は、いつも以上に生き生きとして機敏だった。

「国王陛下のご婚礼の式典に出席される際の礼服をお作りするよう頼まれたんです。ラルド様の分もあるから、日にちがギリギリだわ」

手は決して止めないのに、口もよく動く。

「本当はおふたりの結婚式の衣装も作らせていただきたかったんですよ。それなのにあまりにも急にご結婚を決められるから、ラルド様の方しか間に合わなくて」

「あれっ!コニーが作ったの!?」

グレースは婚礼の儀に彼が着ていた豪奢な衣装を思い出し、ひたすら感心する。

「はい。さっきのフィリス様の服も新しいものは私が。両親が仕立屋をしていたので、物心ついたときにはもう針
と糸を持っていたんです」

裁縫や刺繍といった貴族の子女が嗜むべきものがいまひとつ得意でないグレースからすれば、コニーの手仕事はまさに神業ともいうべきものだ。あれだけの腕を持っていれば、王都でも仕立屋として成功するだろうに。


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