猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
*猫も杓子も大団円


当初の予想通り、国王の結婚が近づくにつれ、ラルドは多忙を極める。帰宅できずに王宮に留まることも多くなり、グレースは健康面をひたすら心配する日々を送っていた。

だがそれも、王都と言わずクレトリア国中に色とりどりの香しい花が飾られ、真っ青な空が広がる夏の日に執り行われた、盛大な婚姻の儀が無事終われば一段落する。
まだ十七才になったばかりというベリンダの初々しい花嫁姿は、イワン国王のみならず、お披露目された途端に国民の心を掴むことに成功した。この分だと両国の架け橋となる御子の誕生もそう遠くはない、などと気の早いことを騒ぎ出す者たちがいるのは、いつの時代も同じである。

何にせよ、互いの顔も性格もよく知らず政略により結婚した国王夫妻の仲がよいことに、叔母として胸を撫で下ろすグレースだった。

ふたりに比べれば、結婚相手の顔どころかその美しい仮面の下に隠されたひねくれた性格までも知っていた自分は、実は幸運だったのではないかとさえ思えてくる。
それでも、自分たちは稀な例なのだとグレースは気を引き締めた。


バタバタと慌ただしかった短い夏はあっという間に過ぎ、グレースたちが結婚してまもなく一年が経とうとしていた。

「今日も出かけるのですか?」

珍しく公務が入らず屋敷にいたラルドは、身支度をするグレースに声をかける。

「ええ、王都の外れにある孤児院へ。雪が積もるようになったら、なかなか行けなくなってしまうでしょう?だから今のうちにと思って」

子どもたちの遊び相手をするつもりで、服も足さばきのよい動きやすいものを選んだ。

「つい先日は、マクフェイル男爵の屋敷へ行っていませんでしたか?その前はセグバー子爵のところに」

「よく覚えているわね」

妻の行動を逐一把握している夫に感心しつつ、グレースは鏡台の鏡越しに笑みを向ける。

「ルーカスったら、また大きくなっていたわ。少し抱いているだけでも腕が疲れてしまうの」

唐突に妻の口から出た男の名に眉をひそめていたラルドは記憶を辿り、自分はまだ歩くこともできない赤子に嫉妬したのだと思い至ったようだ。

「マクフェイル男爵のご子息でしたか。まあ、生まれたときから桁違いに大きな赤ん坊だったらしいですからね」

イワンの結婚式前に産まれた男爵そっくりな男の子は、年配の産婆に「いままで取り上げた中で一番」と言わしめたほど大きな赤子だったという。
ただ、出産後の夫人の体型がそれほど戻っていないところをみると、はち切れんばかりに膨らんでいた腹は、やはり子どものせいだけではなかったらしい。
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