猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
初めのうちグレースは、マクフェイル男爵夫人に苦手意識を持っていた。だがセグバー子爵夫人を介して交流を持つようになると、想像していたよりも前衛的な考えの持ち主であることがわかり、案外と気の合うことが判明する。いまでは互いの屋敷を訪問しあう仲にまでなった。
ルーカスの目を瞠る成長ぶりを見守ることも、もちろん楽しみのひとつである。

ヘルゼント領から戻ったグレースは、これまで敬遠していた社交場へ積極的に顔を出し、様々な人たちと接することを心懸けた。手始めとして人脈を築き、見聞を広めることにしたのだ。

「それにしても少し外出が多くありませんか?せっかく夫がこうして在宅しているというのに……」

邪魔にならないよう結い上げてもらった髪型が乱れるのも構わず、ラルドが後ろから抱きついてくる。触れそうに近い唇から漏れるため息と髪が、顕になっている首筋をくすぐり、鏡に映るグレースの頬がみるみるうちに色づいていく。
一方で少し前まで主人同様に顔を真っ赤にしていたマリは、最近では慣れたもの。見て見ぬ振りがずいぶんと上手になり、素知らぬ顔をして使用した化粧道具を片づけている。

「だったら、貴方も一緒に行きましょう?」

前に回された腕に手を重ね、鏡の中の自分を見て無駄な努力と知りつつ平静を装い、夫を慈善活動に誘った。

「……そうですね。ああ、でもまたの機会に」

歯切れの悪い返事と同時にするりと腕が解かれる。
実は以前、孤児院へ同行したラルドは、無邪気という免罪符を掲げた子どもたちの『馬』にさせられ、悲惨な目に遭っていた。それに懲りて以来、支援はもっぱら経済的な方面でのみすることにしたらしい。

三日は続いた腰の痛みを思い出したラルドが、苦虫をかみつぶしたように顔を歪める。読み聞かせをしながら横目で見ていた光景を思い出し笑いしたグレースは、恨めしそうに睨まれてしまった。

「でもそうね。お茶会は少し控えようかしら」

損ねてしまった機嫌を取り戻そうというわけではないが、浮かない顔をラルドに向ける。

「なにかありましたか?」

途端、青い瞳に剣呑な光を点したラルドが、椅子に腰掛ける彼女の顔を覗き込んできた。
貴族社会における人間関係の複雑さは、城の奥に引きこもっていたグレースよりも彼のほうがよく知っているだろう。そして、己の妻がそこに馴染むのには少々難があることも。

グレースが目指す世の中は、婚姻により力を蓄えようと考える貴族たちにとっては負となり得る。陰口くらいで済めばかわいいもの。

ラルドは口にこそしないが、心配されているのは感じている。

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