猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
グレースは、空返事をした自分をすぐさま後悔する。いったいどこをどうしたら、いつの間にかそんな話になったというのか。

「本来なら互いの家を通して伝えるべきなのだろうが、お祖父様――叔母上の父君はすでに身罷られているし、ラルドもいまや爵位を継いで当主となった。ふたりともとうに成人していてそう知らない仲でもないのだからと、思い切って直接訊いてみることにしたのだが……。うまく話がまとまりそうでなによりだ」

イワンはうんうんと満足そうに頷き、笑みを浮かべている。自国の王が持ち出した縁組を真っ向から断れる者など、そういないことには思い至らないらしい。いや、もしかしたらそれも計算かと、グレースは甥の腹の内を勘ぐってしまう。

「婚礼の際は国を挙げて祝わせてもらおう。独り残される母親を気遣い、数々の縁談を断ってきた心優しい叔母上のこと、よろしく頼んだぞ」

いろいろ訂正を入れたいグレースだったが、今はそんな余裕を持ち合わせていなかった。
このままでは、王命によりラルドと結婚させられてしまう。一旦話を持ち帰り冷静になってから、波風を立てず、上手い具合に縁談を白紙に戻すための口実を練らなければ。

「……お話が済んだようでしたら、わたしはこれで失礼させていただきます」

目眩を覚えたこめかみを押さえつつ立ち上がると、見送るために席を立ったラルドがすかさず手を差し延べてくる。

「大丈夫ですか?館までお送りしましょう」

からかうように先日と同じことを言ってきたラルドを、グレースはここでもピシャリと拒絶した。

「いえ、結構。どうぞお気遣いなく」

様々な動揺を悟られたくなくて、気丈に振る舞おうとすればするほど声が不自然に上擦ってしまう。

「そうですか。では、あらためてご挨拶に伺わせていただきます。キャロル様にもご了承をいただかなければいけませんので」

すれ違いざま、ラルドはわざとグレースの耳元で囁くように言葉を残す。ぞわぞわと、彼女の背筋に正体のわからないなにかが走って身震いした。

深呼吸してどうにか気を落ち着かせ、国王へ退室の挨拶をする。傍らに控えたラルドが薄ら笑いを浮かべてるのが目に浮かぶようだ。
それを振り切るようにグレースは部屋を出て行った。






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