猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「普通の家族を作る自信がありません。僕が普通の親になれる気がしないのです」
ラルドは、家族という存在が恒久的なものではないことを知っていた。
いまここにある温もりさえ、本当は幻ではないのかという思考が、不意に彼を襲うこともある。
唐突に失われる日が訪れるのが怖くて、もう手放すことなどできないくせに、やはり一番など手に入れなければよかった、と考えたときもあった。
「母は僕の存在を無視したまま逝ってしまいました。キャロル様のように手製の菓子を振る舞ってくれたことも、こうして抱いてもらった記憶もありません。あの人に笑顔を向けてもらったことすらも……」
ラルドの腕の中から見上げてみせるグレースの驚いた表情が、やはり自分のおかれていた状況は『普通』ではなかったのだと再認識させる。
「ヘルゼント伯爵としての生き方を教えてくれた父のことは、公人として尊敬しています。しかし彼が家庭人としても優秀であったかと問われれば、僕は『否』と答えるでしょう」
『家』のことを想う気持ちの半分でも家族に向けられていたのなら、避けられた悲劇はいくつもあるだろう。
「そんなふうに育った僕が、普通の父親らしいことを我が子にしてやれるのでしょうか」
ラルドは深く重いため息とともに、ずっと心の奥に凝っていた想いを吐き出す。自分は人の親となれるような人間ではない。伯爵家の嫡男に生まれた義務として後継を望む一方で、それを怖がり否定していたのだ。
「普通、ってなにかしら?」
夜の闇より暗い沈黙をグレースの声が割く。
「わたしもずっと『普通の家に生まれていたら』って思っていたわ。だけどいくら考えてもわからないの、普通の家庭というものが。だって、みんなの顔や性格が異なるように、それぞれの夫婦や家族のあり方だって、多かれ少なかれ違いがあるものでしょう?」
ラルドの冷たくなった頬が柔らかい温かな手で包まれ、強制的に視線を合わせられる。
「それならラルドは、自分が望む『普通』の親になればいい。貴方が本当はお義父様やお義母様にしてもらいたかったことを、この子にしてあげて」
グレースはラルドの片手を取り、まだ平らな腹まで導いた。
「だいたいね、わたしだって普通の父親なんて知らないのだから、ちょっとくらいおかしくても構わないのよ」
国王を父に持つ彼女の得意げな顔を見せられ、ラルドの顔がくしゃりと歪む。それを見られたくなくて、まだ存在さえ主張していない我が子ごとグレースを引き寄せた。
「本当に貴女って人は……」
もし月が約束してくれるのなら、ラルドは何日でも何年でも祈りを捧げ続けるだろう。
グレースとの結婚生活が、いつまでも幸せなものであるように、と。
ラルドは、家族という存在が恒久的なものではないことを知っていた。
いまここにある温もりさえ、本当は幻ではないのかという思考が、不意に彼を襲うこともある。
唐突に失われる日が訪れるのが怖くて、もう手放すことなどできないくせに、やはり一番など手に入れなければよかった、と考えたときもあった。
「母は僕の存在を無視したまま逝ってしまいました。キャロル様のように手製の菓子を振る舞ってくれたことも、こうして抱いてもらった記憶もありません。あの人に笑顔を向けてもらったことすらも……」
ラルドの腕の中から見上げてみせるグレースの驚いた表情が、やはり自分のおかれていた状況は『普通』ではなかったのだと再認識させる。
「ヘルゼント伯爵としての生き方を教えてくれた父のことは、公人として尊敬しています。しかし彼が家庭人としても優秀であったかと問われれば、僕は『否』と答えるでしょう」
『家』のことを想う気持ちの半分でも家族に向けられていたのなら、避けられた悲劇はいくつもあるだろう。
「そんなふうに育った僕が、普通の父親らしいことを我が子にしてやれるのでしょうか」
ラルドは深く重いため息とともに、ずっと心の奥に凝っていた想いを吐き出す。自分は人の親となれるような人間ではない。伯爵家の嫡男に生まれた義務として後継を望む一方で、それを怖がり否定していたのだ。
「普通、ってなにかしら?」
夜の闇より暗い沈黙をグレースの声が割く。
「わたしもずっと『普通の家に生まれていたら』って思っていたわ。だけどいくら考えてもわからないの、普通の家庭というものが。だって、みんなの顔や性格が異なるように、それぞれの夫婦や家族のあり方だって、多かれ少なかれ違いがあるものでしょう?」
ラルドの冷たくなった頬が柔らかい温かな手で包まれ、強制的に視線を合わせられる。
「それならラルドは、自分が望む『普通』の親になればいい。貴方が本当はお義父様やお義母様にしてもらいたかったことを、この子にしてあげて」
グレースはラルドの片手を取り、まだ平らな腹まで導いた。
「だいたいね、わたしだって普通の父親なんて知らないのだから、ちょっとくらいおかしくても構わないのよ」
国王を父に持つ彼女の得意げな顔を見せられ、ラルドの顔がくしゃりと歪む。それを見られたくなくて、まだ存在さえ主張していない我が子ごとグレースを引き寄せた。
「本当に貴女って人は……」
もし月が約束してくれるのなら、ラルドは何日でも何年でも祈りを捧げ続けるだろう。
グレースとの結婚生活が、いつまでも幸せなものであるように、と。