猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「ねえ、マリ」
「はいっ?」
考え事にふけっていたマリが、主人の問いかけに裏返った声で応える。
卓上の本から目を上げたグレースは、小さな紙片を指先で挟んでいた。
彼女が独りの長い夜を過ごすために開いたのは、年季が入り表紙が少々痛んだ神話の本だ。
わざわざ王城の館から嫁入り道具のひとつとして持ち込んだ、幼いころからの愛読書である。
「これは貴女が作ったもの?」
小首を傾げながらグレースは、若葉色の平紐が上部につけられた栞をマリへ見せる。向けられた面には、赤いヒナゲシの押し花が飾られていた。
「……それはきっと、旦那様ではないかと」
廊下で拾い集めた花を持ち去ったラルドが、自ら加工したものに違いない、とマリは確信する。
疑いの目を向けてくるグレースに、婚礼の夜に廊下であった出来事を話して聞かせたところ、彼女の目がみるみると大きく見開かれた。
「そう。そんなことがあったの」
栞を戻して静かに本を閉じる。
それが挟んであった場所は、「それまで決して同じ空で出逢うことのなかった太陽神と満月の女神が、それぞれ西と東の水平線に現れお互いの存在を知る」という大陸創世にまつわる神話の一幕。
すり切れた革表紙をそっと撫でる主の表情を見たマリは、一日も早い伯爵夫妻の仲直りを、こっそり窓の端に姿を現していた満月に祈った。
~ヒナゲシの花言葉~
『感謝(赤)』『思いやり』『恋の予感』ほか
―― 【雛芥子に寄せて】完 ――
2017/04/30
「はいっ?」
考え事にふけっていたマリが、主人の問いかけに裏返った声で応える。
卓上の本から目を上げたグレースは、小さな紙片を指先で挟んでいた。
彼女が独りの長い夜を過ごすために開いたのは、年季が入り表紙が少々痛んだ神話の本だ。
わざわざ王城の館から嫁入り道具のひとつとして持ち込んだ、幼いころからの愛読書である。
「これは貴女が作ったもの?」
小首を傾げながらグレースは、若葉色の平紐が上部につけられた栞をマリへ見せる。向けられた面には、赤いヒナゲシの押し花が飾られていた。
「……それはきっと、旦那様ではないかと」
廊下で拾い集めた花を持ち去ったラルドが、自ら加工したものに違いない、とマリは確信する。
疑いの目を向けてくるグレースに、婚礼の夜に廊下であった出来事を話して聞かせたところ、彼女の目がみるみると大きく見開かれた。
「そう。そんなことがあったの」
栞を戻して静かに本を閉じる。
それが挟んであった場所は、「それまで決して同じ空で出逢うことのなかった太陽神と満月の女神が、それぞれ西と東の水平線に現れお互いの存在を知る」という大陸創世にまつわる神話の一幕。
すり切れた革表紙をそっと撫でる主の表情を見たマリは、一日も早い伯爵夫妻の仲直りを、こっそり窓の端に姿を現していた満月に祈った。
~ヒナゲシの花言葉~
『感謝(赤)』『思いやり』『恋の予感』ほか
―― 【雛芥子に寄せて】完 ――
2017/04/30