猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
思い悩むグレースに、思わぬ方向から助け船が出された。

「キャロル様。私からもお願いできませんか?グレース様とふたりきりにさせて頂きたいのです」

申し出に一瞬眉を顰めたキャロルだったが、ラルドの浮かべる爽やかな笑みが拒絶を躊躇わせる。その隙を彼が見逃すはずはない。

「決して姫の不名誉になるようなことはしないと、この国の守り神である太陽神ダーヴィルに誓います。もちろん扉は開けたままで。それでもお疑いでしたら、誰かこの館の者を立ち会わせて頂いて結構です」

それでは完全にふたりきりとは言えないが、キャロルに留まられるよりはましだ。侍女たちなら、無駄口を叩けば己の身に返ってくることくらい承知しているはず。口止めをするまでもない。グレースは内心で、母がこの案をのんでくれることを祈った。

それでもまだ渋るキャロルに、ラルドがはにかんだような笑みを向ける。

「どうか私に、きちんとグレース様に求婚する機会をくださいませんか?女性にとって一生に一度のことをおざなりにしたと、これから先ずっと恨まれては敵いません」

「……それは、そうね。求婚なんて思い出に残ることだもの。ふたりっきりで交わしたいわよね」

いい年をして眦を赤く染めたキャロルがおもむろに席を立つ。

「伯爵ほどの方を疑ってごめんなさいね。でも、いくつになっても娘のことは心配なのよ」

「当然です。お許し頂き心より感謝します。キャロル様のご信頼を裏切るような不埒な振る舞いは、決していたしませんので」

ラルドは部屋から出て行くキャロルに深く頭を下げ見送った。扉が閉じられたと同時に、その頭を戻す。サラサラと髪をかき上げながら振り返った彼の青い瞳は酷薄な色に冴え冴えと澄んでいた。

「さて、お話を伺いましょう。それとも先に求婚を済ませてしまいますか?」

明らかにからかいが含まれる笑みで席に戻り、すらりと長い足を組む。がらりと変わった雰囲気に、グレースは嫌悪感を顕わにする。

「本当に口先だけはうまいのね。みんな、あっさりと騙されてしまう」

「人聞きが悪い。現に、こうやって婚姻の承諾を頂きに来ているではありませんか」

「……その話なのだけれど、なかったことにしてちょうだい。陛下へは、わたしのせいだと伝えてもらって構わないわ」

一言一句はっきりと伝えて唇を引き結ぶ。この年齢で、その上男の方から断られた娘など、もう二度と縁談が持ち込まれることはない。それも承知の上での提案だ。
ところが、彼女の決意を嘲笑うかのように、ラルドは片方の口角を持ち上げる。

「なぜです?たかが伯爵の僕などがお相手ではご不満でしょうか」

微塵もそんなことを思っていない自信に満ちた口調で尋ね返され、グレースは自嘲で顔を歪ませた。彼が「たかが」ならば、自分はどうすればいいというのだろう。

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