猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「貴方なら、わたしのような年増を娶らなくても、いくらでもほかに良縁がみつかるでしょう?いままで独身を貫いていたことが不思議なくらいなのだから」
地位も名声も、財力も十分なラルドが独り身を通していられたのも、結婚間近と噂されていた国王の異母姉、フィリス王女の存在があったからだ。
だが、その生まれつきの身体の弱かった王女が二年前、療養先の湖に身を投げ自ら命を絶つ。
正妃ではなかったものの、前国王の寵愛を一身に受けていた亡き母親に生き写しと称賛された美貌の姫の悲報に、一時は国中が騒然とし悲しみに暮れる。しかしそれも、新国王の即位という大事の前に人々の記憶から薄れ、いまではその名を口にする者もごく少数となっていた。
ほとぼりが冷め、ヘルゼント伯爵家の当主となったラルドは、縁故を結びたい家から引く手あまたのはず。
「貴女はご自分の価値をわかっていらっしゃらないようだ」
「価値ですって?わたしの母は王都よりさらに北にある小さな土地の領主の娘。その土地さえ継ぐ者がいなくて、現在は公領になってしまっている。伯爵家にとって、なんの役にも立たないわ」
「そんなものに期待などしていません。僕が望むのは貴女自身です」
自分の意思に反して、グレースの心臓が大きく跳ねた。無意識にそこをおさえた彼女が大きく息を吐いてから、当てていた掌を拳に変える。
「そんな言葉には騙されない。男なんて信用できないもの。だからわたしは結婚などしないし、する意味がわからない」
だがラルドは、ことさらに険しい表情を意識して造ったグレースに満面の笑みを返した。
「奇遇ですね。僕も女性を信じていません。やはり僕たちは気が合うようだ」
「なっ……!?」
いきり立つグレースとは裏腹に涼しい顔で茶を口に運んだラルドが、その冷たさに顔をしかめる。彼にとっては自分の婚姻よりも茶の温度の方が重要とでも言いたげな態度が、さらにグレースの癇に障った。
「なら、どうして結婚しようなどと!?」
「どうして?決まっているではありませんか。我がヘルゼント家に王家の血が欲しい、ただそれだけのこと。そのために貴女が必要なのですよ、姫」
おぞましい内容とは裏腹な笑みを浮かべたラルド。すがすがしささえ感じるそれに、グレースの背を悪寒が走る。思わず身震いが起きた身体を両腕で抱えた。
「そんなことのために、貴方は好きでもない女と結婚するというの?」
「家同士の婚姻に、恋愛感情は必要ありません。では逆にお訊ねしましょう。貴女はなぜいつまでもここにいらっしゃるのですか」
室内の温度がさらに下がった気がして、火の入っていない暖炉に目をやる。日の光ががたっぷり差し込む応接間の昼下がりに暖房が必要な季節には、まだなっていないはずだ。
地位も名声も、財力も十分なラルドが独り身を通していられたのも、結婚間近と噂されていた国王の異母姉、フィリス王女の存在があったからだ。
だが、その生まれつきの身体の弱かった王女が二年前、療養先の湖に身を投げ自ら命を絶つ。
正妃ではなかったものの、前国王の寵愛を一身に受けていた亡き母親に生き写しと称賛された美貌の姫の悲報に、一時は国中が騒然とし悲しみに暮れる。しかしそれも、新国王の即位という大事の前に人々の記憶から薄れ、いまではその名を口にする者もごく少数となっていた。
ほとぼりが冷め、ヘルゼント伯爵家の当主となったラルドは、縁故を結びたい家から引く手あまたのはず。
「貴女はご自分の価値をわかっていらっしゃらないようだ」
「価値ですって?わたしの母は王都よりさらに北にある小さな土地の領主の娘。その土地さえ継ぐ者がいなくて、現在は公領になってしまっている。伯爵家にとって、なんの役にも立たないわ」
「そんなものに期待などしていません。僕が望むのは貴女自身です」
自分の意思に反して、グレースの心臓が大きく跳ねた。無意識にそこをおさえた彼女が大きく息を吐いてから、当てていた掌を拳に変える。
「そんな言葉には騙されない。男なんて信用できないもの。だからわたしは結婚などしないし、する意味がわからない」
だがラルドは、ことさらに険しい表情を意識して造ったグレースに満面の笑みを返した。
「奇遇ですね。僕も女性を信じていません。やはり僕たちは気が合うようだ」
「なっ……!?」
いきり立つグレースとは裏腹に涼しい顔で茶を口に運んだラルドが、その冷たさに顔をしかめる。彼にとっては自分の婚姻よりも茶の温度の方が重要とでも言いたげな態度が、さらにグレースの癇に障った。
「なら、どうして結婚しようなどと!?」
「どうして?決まっているではありませんか。我がヘルゼント家に王家の血が欲しい、ただそれだけのこと。そのために貴女が必要なのですよ、姫」
おぞましい内容とは裏腹な笑みを浮かべたラルド。すがすがしささえ感じるそれに、グレースの背を悪寒が走る。思わず身震いが起きた身体を両腕で抱えた。
「そんなことのために、貴方は好きでもない女と結婚するというの?」
「家同士の婚姻に、恋愛感情は必要ありません。では逆にお訊ねしましょう。貴女はなぜいつまでもここにいらっしゃるのですか」
室内の温度がさらに下がった気がして、火の入っていない暖炉に目をやる。日の光ががたっぷり差し込む応接間の昼下がりに暖房が必要な季節には、まだなっていないはずだ。