猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「……どう、いう意味」
「そうやって、王家の系図に名を連ねていらっしゃる御身でありながら、持ち寄られた縁組に取るに足らない難癖を付け断り続け、城の片隅でいつまで無為に日々を過ごすおつもりですか、とお伺いしているのですが」
「し、失礼なっ!」
グレースが眉をつり上げてみせても、ラルドの反応は口の両端を僅かに動かしただけ。ゆったりと組んでいた手を解き、片方を顎に添え彼女を見据える。
「この縁談を断ったあと、どうなさるつもりですか。それとも、ほかにどなたか心に決めた方がいらっしゃるとでも?」
「そんな人はいないわ。わたしはこのまま、母さまと……」
勢いが弱まり尻つぼみになる言葉をラルドが引き継いだ。
「このままずっと、国民が汗水流して納めた税を使って、日がな一日をお過ごしになるというわけですね。曲がりなりにも王家の姫として生まれた貴女に唯一できる、縁を繋ぎ血を遺すという仕事もせずに」
ぐうの音も出なかった。この国では、男子王族とは違い、女子が政に直接参加することはない。その役目は、有力貴族や他国との間を取り持つための手段となることしか与えられないのだ。グレースが三十年近く何不自由ない暮らしを送ってこられた恩に報いる手段は限られている。
俯いて噛みしめた唇の痛みも感じないほど、己の無力さにうちひしがれていた。
唐突にクッと喉の奥から出された笑い声が聞こえた。しかめた顔を上げ、グレースはその声の主を睨み付ける。険悪な視線から顔を逸らし緩む口元を隠したラルドが、「失礼」と片手を上げた。
「まあ、僕も他人のことをとやかく言えるほど立派な者ではありません。この年になるまで、嫡男としての役目を果たさずにいたのですから」
前ヘルゼント伯爵の実子はラルドのみ。年の離れた姉がいたが、グレースの兄である前国王へ輿入れする寸前に難病に罹り、治療を受けに赴いた異国の地でそのまま亡くなったと知らされている。このまま彼が独身でいれば伯爵家は途絶えてしまう。
「僕は家を遺すため。グレース様は王族としての義務を果たすため。いかがです?婚姻という名の契約を交わしませんか」
「……契約?」
訝るグレースに向け、ラルドは艶やかに笑んでみせる。
「ええ。そうですね、できれば男女一人ずつ産んでいただけると助かります。その後はどうぞお好きなように。よろしければ南の領地に屋敷をご用意しますので、母君とゆっくり余生を過ごしてくださっても結構です」
まるで商談を取り付けるかのような口振りに、再びグレースの胸に憤りの炎が灯る。
「そんな!人をなにかの道具のように――」
興奮して声を荒げるグレースに向け、ラルドは容赦ない言葉の冷水を浴びせかけた。
「よろしいですか、姫。世のお嬢様がたは、よく自分は駒や道具ではないと主張されますが、それは使われ役に立ってこそ、その名を名乗れるというもの。ただそこにあるだけで飾りにもならないものは、「お荷物」と呼ぶのですよ」
ギリリと、奥歯が割れるのではと思うくらい噛みしめる。
己の存在価値を真っ向から比定されているというのに、自分はラルドを言い負かせるだけの要素をひとつも持っていないことが悔しい。
「そうやって、王家の系図に名を連ねていらっしゃる御身でありながら、持ち寄られた縁組に取るに足らない難癖を付け断り続け、城の片隅でいつまで無為に日々を過ごすおつもりですか、とお伺いしているのですが」
「し、失礼なっ!」
グレースが眉をつり上げてみせても、ラルドの反応は口の両端を僅かに動かしただけ。ゆったりと組んでいた手を解き、片方を顎に添え彼女を見据える。
「この縁談を断ったあと、どうなさるつもりですか。それとも、ほかにどなたか心に決めた方がいらっしゃるとでも?」
「そんな人はいないわ。わたしはこのまま、母さまと……」
勢いが弱まり尻つぼみになる言葉をラルドが引き継いだ。
「このままずっと、国民が汗水流して納めた税を使って、日がな一日をお過ごしになるというわけですね。曲がりなりにも王家の姫として生まれた貴女に唯一できる、縁を繋ぎ血を遺すという仕事もせずに」
ぐうの音も出なかった。この国では、男子王族とは違い、女子が政に直接参加することはない。その役目は、有力貴族や他国との間を取り持つための手段となることしか与えられないのだ。グレースが三十年近く何不自由ない暮らしを送ってこられた恩に報いる手段は限られている。
俯いて噛みしめた唇の痛みも感じないほど、己の無力さにうちひしがれていた。
唐突にクッと喉の奥から出された笑い声が聞こえた。しかめた顔を上げ、グレースはその声の主を睨み付ける。険悪な視線から顔を逸らし緩む口元を隠したラルドが、「失礼」と片手を上げた。
「まあ、僕も他人のことをとやかく言えるほど立派な者ではありません。この年になるまで、嫡男としての役目を果たさずにいたのですから」
前ヘルゼント伯爵の実子はラルドのみ。年の離れた姉がいたが、グレースの兄である前国王へ輿入れする寸前に難病に罹り、治療を受けに赴いた異国の地でそのまま亡くなったと知らされている。このまま彼が独身でいれば伯爵家は途絶えてしまう。
「僕は家を遺すため。グレース様は王族としての義務を果たすため。いかがです?婚姻という名の契約を交わしませんか」
「……契約?」
訝るグレースに向け、ラルドは艶やかに笑んでみせる。
「ええ。そうですね、できれば男女一人ずつ産んでいただけると助かります。その後はどうぞお好きなように。よろしければ南の領地に屋敷をご用意しますので、母君とゆっくり余生を過ごしてくださっても結構です」
まるで商談を取り付けるかのような口振りに、再びグレースの胸に憤りの炎が灯る。
「そんな!人をなにかの道具のように――」
興奮して声を荒げるグレースに向け、ラルドは容赦ない言葉の冷水を浴びせかけた。
「よろしいですか、姫。世のお嬢様がたは、よく自分は駒や道具ではないと主張されますが、それは使われ役に立ってこそ、その名を名乗れるというもの。ただそこにあるだけで飾りにもならないものは、「お荷物」と呼ぶのですよ」
ギリリと、奥歯が割れるのではと思うくらい噛みしめる。
己の存在価値を真っ向から比定されているというのに、自分はラルドを言い負かせるだけの要素をひとつも持っていないことが悔しい。