猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
かさっと枯れ葉を踏んだ音がやけに大きく聞こえた。グレースは自分で立てたはずなのに驚いて、誰もいないはずの背後を振り返る。
その拍子に、視界を遮るようわざと複雑に植えられた庭木の枝に引っかかった金茶の髪が数本抜けてしまった。

「痛っ!もう、どこへ行ってしまったの」

苛立たしげに痛みを覚えた頭を押さえると、花を象った髪飾りが取れかかっているような気がする。それを乱暴にぐいっと結い上げた髪に押し込んだ。

踵を上げ背伸びをし自分の周囲を見渡す。あちらこちらに焚かれた篝火と満月間近の月明かりはあるが、あまり役には立たない。

今は夜。“彼”を見つけるのは至難の業だ。せめて声でも出してくれれば助かるのに、とグレースは耳を澄ました。
風に乗って宮廷楽団が奏でる舞曲が微かに届く。その方向とは逆から、なにやら秘やかな話し声まで聞こえてきた。

はしたない行為だとは重々承知しながらも、好奇心には勝てずについ耳を傾けてしまう。
ヒソヒソとハッキリしない会話の中に、時折甘ったるい声が混じる。それが妙に、グレースの胸をドキドキとさせていた。

声の主たちは、彼女の存在にまったく気がついていないのか会話は続いている。
さすがにこれ以上近付くわけにもいかない。ひき返そうとした耳に、心細げな小さい鳴き声が届いてきた。

それはまさにグレースが探していた“彼”のもので、聞こえてきたのは話し声と同じ方角から。

暗がりに目を凝らす。ようやく見つけたのに、捕まえられないのは困る。きっとまた登った木から降りられなくなっているに違いないのだ。

グレースは、早く件の人たちが立ち去ってくれないものかと、慎重に距離を詰め始めた。
すると、高い木の下で寄り添うふたりの会話の内容がより鮮明になる。

「大切な婚約者を亡くされて、傷心のあまりいっこうに妻を娶ろうとしないという貴方が、こんなことをしていてよいのかしら?」

「心外なことをおっしゃる。いたいけな小ウサギが心に負ったその傷を、貴女が癒してくださるのではありませんでしたか?」

「あら、貴方の方がウサギなの?麗しい毛並みを持つ狼ではなくて?」

グレースの背に悪寒が走り、腕にはぞわぞわと鳥肌が立った。これはどう考えても姿を現せる状況ではないと悟った彼女は、彼の捕獲を断念して後退る。その足が小枝を踏み、乾いた音が夜闇に響いた。

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