猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
ただ、彼女とグレースの母では大きく違う点がある。

「グレース姫でいらっしゃいましたか」

姉妹のように和やかなふたりの会話に、少年が割って入ってきて邪魔をした。

「あら。知り合いではなかったの?グレース様、この子はヘルゼント伯爵家の……」

「ラルド・スタンリークと申します。姫とは存じ上げず、大変失礼をいたしました」

大人顔負けの礼をとる。
ヘルゼント家といえば、爵位こそ伯爵ではあるが、この国屈指の大貴族。ラルドの父親は、内政においても要職に就く重臣だ。そしてロザリーの後見人を務めている。
力の大きな後ろ盾をもつか、否か。そこがキャロルとの差であった。

「伯爵の?」

グレースが彼女を見上げると、結い上げず背に長く垂らしたままの白金の髪をさらりと揺らしてロザリーが頷いた。

「ヘルゼント領とわたくしの実家は領地がお隣同士。その縁で、入宮時にはヘルゼント伯爵に大変お世話になりました。でも……」

グレースに向けられていた瞳がラルドに移る。

「なぜ王宮に?いまは領地にいるのではなくて?」

「マールに頼まれて香薬をお届けに。王都には昨日の朝着きました。今日はロザリー様のところへお伺いしようと、父の手が空くまで待っていたのです」

「あなたがわざわざ持ってきてくれたの?ありがとう」

花が綻ぶような微笑みで礼を言われ、ラルドの頬に仄かに朱が差す。

「い、いえ。輸送途中で間違いがあってはいけないと、マールがとても心配して。それに僕は馬車に乗っていただけですし」

「でもこうして、ラルドがしっかり守ってくれたのだもの。マールも安心ね。彼女は元気にしているかしら?」

「はい!先月風邪をひいたときには、苦い香茶を何杯も飲まされて参りましたけれど」

ふたりで自分のわからない話をされ不機嫌になったグレースは、つんと顎を反らして悪態をついた。

「子どもを連れた旅など、足手まといになるだけじゃない」

自分よりロザリーと親しげな態度に加え、王都から出たことがないという劣等感が、グレースの言葉を一層とげとげしいものにする。だがラルドはそんな彼女の挑発にはのらなかった。

「仰るとおりです。なので僕は、供の者に迷惑にならないよう常に心がけておりました。行き先も告げずに出歩くような軽率な行動はもってのほか。もちろん、姫君にはよくご承知の心得かと存じますが」

慇懃無礼に言い放ちにっこりと微笑む余裕が、グレースの嫉妬心を逆撫でする。

「あ、当たり前じゃない。そんなこと、わたしだってっ!」

「姫様~!ようやくみつけましたよおっ!」

どたどたと丸い物体……ではなく乳母が手を振りながら、彼女にとっての全力疾走をしてた。主の傍らにいるのがロザリーだと気づいて、少し手前で慌てて止まりかしこまる。
まったくもって間が悪い。皆の視線が自分に集まっているのに気づいて、グレースは顔を赤くし俯いた。

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