猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「瞳の色以外、あまり兄さまに似ていないのね。顔はまん丸で、鼻もぺっちゃんこだし」

初めて間近で見る甥の顔をまじまじと観察すれば、悪口を言われているとわかったのかイワンの口が不機嫌に曲がる。せっかく止まっていた涙が再び目に溜まりだした。

「あー、やっぱり人の子は重いわね。代わってください」

「え?わたくしが?」

イワンを抱えたまま危なげない足取りで目の前まで歩いてきたグレースに言われ、ロザリーは戸惑いながらも反射的にイワンを受け取り、優しく包むように抱く。ぐずりかけていた王子の機嫌は、途端に良くなった。

「本当。もうこんなに重たくなっているのですね」

細い腕に感じた重みを愛おしそうに呟く。療養のため離ればなれになってしまった、王子より数日だけ早く産まれた自分の子を思い出しているのだろう。潤んだ瞳が切ない色に揺れる。その眦を拭うように小さな手が触れ、ロザリーの口元がふっとほころんだ。

「イワン王子はお優しいのですね」

手慣れた様子であやし始めたロザリーを、ふたりの乳母たちが自分の立場も忘れて感心している。

「わたくしがロザリー様くらいの頃は、弟の子守をよくしていたのですよ。そうだわ!この間、あの子から手紙が届いたの。あとでラルドにも読ませてあげましょう」

「本当ですかっ!?レイは元気にしているのでしょか!」

「しっ!静かに、ね」

薔薇の花びらのような唇に立てた人差し指をあて、興奮気味に声を上げたラルドを注意した。見ればイワンが眠たそうに瞬きを繰り返している。その愛くるしい仕草を皆が息を潜めて見守る中、とうとう彼は完全に目を閉じてしまった。

全身から力が抜けさらに重くなったイワンを、ロザリーはそっと乳母のもとへ返す。健やかな寝顔を誰もが微笑ましく思っていたが、少し離れた場所でひとりだけそれを苦々しく見ている者がいた。

「なにをしているの?王子に病が移ったらどう責任をとるつもり!?」

アイリーンはイワンを連れて戻った乳母を感情的に叱責する。幸いにも王子が目覚めることはなかったが、その激しさに周囲は息を呑んだ。
自分のせいだ。気に病んだロザリーが仲裁に入ろうとする前に、つかつかとラルドが追い越し、王妃に向けて無邪気な笑みを向ける。

「ご心配なさらなくても大丈夫です、アイリーン王妃。ロザリー様のお身体の不調は人に移る類いの病ではないと、当家の香薬師は診断しています。それでも万が一ご病気になられたときは、我が家秘伝の良く効く香薬をお届けしましょう。……あ、ブランドル侯爵家も腕のたつ香薬師がいるようだと、父が言っていましたっけ。これは差し出たことを申しました」

「……そなた、どこの家の者です?」


< 26 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop