猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
王妃相手に物怖じすることなく話す少年を訝しく思うのも当然だ。訊ねられ、ラルドは途端に緊張した面持ちで応えた。

「これは失礼を。王妃様には初めてお目にかかるのでした。申し訳ありません。昨夜エルガー様にお会いしたばかりなので、つい……」

「兄上に?」

ますます不審を募らせるアイリーンにようやくラルドが自分の身元を明かせば、彼女は険しさを極める。

「なぜヘルゼント家に兄が……」

王妃の生家であるブランドル家とはいわゆる政敵の間柄。夜間の私的な訪問など、余程のことでないとあり得ない。

「さあ?ですが、父と楽しそうにお酒を召し上がっていました。それから……」

ラルドが、躊躇いがちに泳がせた視線をアイリーンから逸らし言葉を濁す。まんまと策にはまった彼女は、苛立ちも隠さず続きを促した。

「お見送りをしたときに、僕にはよくわからないことをおっしゃってて。たしか『新しい事業が』とか『投資を』とか。でもかなり酔われておいででしたので、はっきりとは聞き取れませんでした」

申し訳なさそうに小首を傾ける仕草は少年そのもので、それまでの流暢な物言いを忘れさせるほどあどけない。だがアイリーンは、そんな愛らしい姿も映っていないように顔色を失い、震える声を紡ぎ出す。

「も、戻ります」

やってきたときとは打って変わりこころなしか丸められた王妃の背中が植え込みの向こうへ消えたのを確認すると、ラルドはくるりと向きを変える。そのときに彼が鳴らした小さな舌打ちを、グレースは聞き逃さなかった。

「あなた……」

「それにしても、グレース様は力持ちなのですね。姫君というものは、本より重いものを持ったことなどないと思っていました」

持たされていた本を突き返し、牽制するようにグレースに話をふる。ふたりの間に漂う微妙な雰囲気に気づかないロザリーまでもが、細い首を不思議そうに傾げた。

「トビーというのは、どちらの子なのですか?おいくつ?もし大きさが合うようでしたら、いま縫っている肌着を何着か届けさせましょう」

「歳は三歳くらいかしら。でも服はいらないわ」

「遠慮などなさらないで。気が早くて、大きいものもいくつか用意してしまっているのです。使えそうなものがあれば……」

自分の子どもために用意したものを譲ろうとしてくれる気持ちはありがたいのだが、グレースは小さな肩をすくめて断る。

「だって、トビーは猫なんだもの」
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