猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
締め付けているわけでもないのに折れそうな細い腰と薄い肩の後ろ姿を見送るグレースとラルドの口から、同時に深いため息がもれる。思わず合わせてしまったラルドの瞳は、晴れ渡る夏空に薄雲がかかったように見えた。

「心配、よね」

グレースの呟きで、彼の瞳が再び晴天を取り戻す。だがそれは、夏の晴天というよりは、真冬の冴え冴えとした寒い朝の空のようだ。

「そう、心配です。一日でも早くこんなところから離れたほうがいいのに……。グレース様、兄君にお願いしていただけませんか?あの人を解放して欲しいと」

「なにを言っているの?ねえさまが王宮からいなくなってしまったら、わたしは寂しいわ」

彼女を追い出さなければいけない意味がわからず戸惑うグレースを、ラルドがつまらなそうに鼻で笑った。

「あなたに言っても仕方がないことでしたね。どうぞお気になさらず」

自分とそう年齢が変わらない少年に、上から言われたようで気分が悪い。だいたい、身内でもない男のくせにロザリーとあんなに親しげなことも気にいらない。どうにかして、彼の鼻を明かしたいとグレースは考えを巡らせる。

そこで、真っ白な薔薇に恐る恐る触れようとしている彼に気づいた。

「あなた、ロザリーねえさまのことが好きなの?」

びくっと跳ねたラルドの手が薔薇の花にあたり露が飛ぶ。彼の鼻の頭に付いたそれを乱暴に手の甲で拭うと、擦った以上に赤いラルドの顔が現れた。年相応の照れた様子がグレースの自尊心を満足させ、にっこりと微笑む。

「なんだ、やっぱりね。でもおあいにく様。ここに住んでいるわたしのほうが、ずっとねえさまに会える機会が多いんだから」

あと数年もすれば、男子であるラルドはたとえ訪ねてきても、王の側室にそう簡単に会うことなどできなくなる。それに引き換え王妹である自分は、ずっと融通が利く。
ささやかな優越感に、白い前掛けをした胸を反らした。しかし、

「……そんな小間使いのような格好で訪ねても、追い出されるのがオチですよ」

「なっ!これは……」

すぐに気を取り直したラルドに反撃され、今度はグレースの顔が真っ赤に染まる。前掛けの裾についたひだ飾りを握りしめた。掃除を手伝わされそうになったためだなどと説明すれば、さらにバカにされるに違いない。

上手い言い訳が見つからず引き結んだ口の形は、さきほどのイワンのそれにそっくりだった。
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