猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
次にグレースがラルドと顔を合わせたのは、それから三年以上の月日が経ってから。王城の奥に暮らす王女である彼女と、まだ伺候も適わなかった彼の立場を考えれば、それほど長すぎる期間でもないだろう。
だが、確実に流れていた歳月は、ラルドから僅かに残っていた少年らしさを奪うのに十分な時間だった。

秋咲きの薔薇も終わり閑散とした庭園に佇む彼を見かけたとき、グレースは声をかけるのを躊躇ってしまう。背が伸び輪郭に鋭さが増した顔立ちが近寄りがたい印象を与えていたこともあるが、なによりも彼を取り巻いていた太陽のような眩しさが、いまはなりを潜めていたからだ。

その理由には簡単に思い至る。
ロザリーが亡くなったからだ、と。


あの薔薇園で会った日より間をあけ、二度ほど彼女から約束通りお茶に招かれた。
いつ誘いが来てもいいように、母に頼み込んで焼き菓子の作り方を一から教わったり、嫌いな行儀作法の授業にも力を入れ臨んだそれは、ロザリーの体調を考え一杯の香茶を飲むだけのものだったが、とても楽しいひとときとなった。

グレースは、次回が待ち遠しくて仕方がない毎日を過ごしていた。しかしその後、季節がいくつか移っても誘いは来ない。あまりの無沙汰にしびれを切らし、こちらから誘ってみてもいいのだろうかと思い始めていたころ、彼女の元に一通の手紙が届く。

やっと招待状がきたと、胸を躍らせ封を切った途端にふわりと広がった薔薇の甘い香りとは真逆の内容に、グレースは言葉を失う。

『体調が思わしくないので、しばらくは会えそうもない』

かなり遠回しに書かれてはいたが、要約するとそういう意味なのだとグレースにも理解できた。おそらくこの手紙も代筆なのだろう。
「延期する」や「また連絡する」といった次の約束を思わせる文字が見当たらないことが、グレースの不安をより大きくさせた。そしてそれは、残念なことに的中する。

もともとあまり人前に出ることのなかった彼女は、それ以降いっさい表に姿を見せず、見舞いの面会を申し入れても断られ続けた。
心配に駆られ、ロザリーの部屋を外から見上げたこともあるが、中の様子はいっさい窺えない。ただ天気の良い暖かい日に開けられた窓からは、そこに住人がいることが辛うじて推測できた。

思い切って、普段は疎遠にしている兄王に尋ねてみようか。母親に相談したグレースだったが、キャロルは静かに首を横に振るだけで許してはもらえない。

こんなときは、なんの力も持たない子どもの自分が嫌になった。

そして、一晩中降り続けた花びらのような大粒の雪が、王宮のすべてを覆い尽くし真っ白に染めた冬の寒い朝。その知らせは唐突に訪れる。
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