猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「さあ、行きましょう」

キャロルが手にしていた衣をグレースの頭に被せた。すっぽりと顔を覆ってしまう透き通るほど薄い布の縁を一周するレースはジムの首を飾るものと同じく緻密。一朝一夕では到底仕上げられるものではない。

「これを母さまが?」

「貴女がなかなかお嫁に行かないから、時間だけはたっぷりあったもの。ーー幸せにおなりなさいね」

紗がかかる視界の向こう側に見える母の顔が滲んで見えた。グレースがどんな思いでラルドのもとへ嫁ぐ決心をしたのかなど、キャロルにはわからないだろう。だがそれでいい。曖昧な頷きを返して、出口へ向かう。

館の車寄せには、クレトリア王家の紋章が入った豪奢な四頭立ての馬車が着けられていた。大きく開けられた扉から乗り込もうとして、自分を呼ぶ小さな声に気がつき、グレースは辺りを見回す。すると楡の木陰からチラチラと覗く人影を見つけ、グレースは思わず叫びそうになる口元を押さえた。

母も使用人たちも自分を見守っている状態でこの場を動けば、彼の存在などたちどころに知れてしまうというのに、いったいなにをしているのだろう。呆れて物も言えず、だが踏み台に足を乗せることを躊躇うグレースの背中が、ぽんと軽く押された。

「仕方のない方ですこと。ほんの少しの間だけ、わたくしたちはなにも見えなくなることにしましょう」

「……ありがとう、母さま」

思いっきり裾をたくし上げ木の元へと急ぐと、隠れているつもりでいたその人がひょっこりと姿を現す。

「陛下。こんなところでなにをなさっているのです?」

「それはもちろん祝福を言いにですよ、叔母上」

無邪気に笑うイワンにグレースはため息をつく。二十歳になっても国王になっても、この甥はいつまでたっても少年のようだ。

「ラルドが『大袈裟にしたくない。内々で』というから、式に出るのは諦めたのです。これくらいは許していただきたい」

「臣下の結婚式に王が出席するなんて前代未聞です。それに、過分なほどのお祝いはすでに十分いただきました」

国王は、持参金代わりとして公領となっていたキャロルの故郷を与え、嫁入り支度も急ごしらえとは思えないほど贅沢なものを用意してくれた。

「親族として当然のことをしたまでです。きっとお祖父様や父でも同じことをしたでしょう」

グレースの父や兄と同じ琥珀色の瞳は、グレースが初めて腕に抱いた時から変わらない。
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