猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「ああ、そうだったな。仕方がないか」

引き下がったラルドにセオドールは辞去の礼をすると、グレースにも挨拶を残す。

「奥様も、領地に来られた際はぜひ白薔薇館へお立ち寄りください。なにもないところですが、風景だけは美しいところです」

「……ええ」

彼が去って行く際に生じた僅かな空気の動きの中に混じる薔薇の香り。グレースはその残滓を拾うように、伸びた背中を目で追っていた。

「彼が気になりますか?」

揶揄の含んだ声で問われ、意識を夫に戻す。

「気になるのが気になる?」

問いに問いで答えたグレースに、ラルドは曖昧な笑みを深めただけだった。

「失礼いたします。ラルド様、エディントン侯爵家のアントニー様がおいでなのですが……」

夫婦の間に執事が遠慮がちに割って入り報告する。受けたラルドが頷き、グレースに手を伸ばした。

「侯爵家の彼のことは知っていますよね?さあ、一緒に行きましょう。独り者のアントニー殿に美しい新妻を自慢させてください」

心のこもらない上辺だけの讃辞。どんなにその手が冷たくても、グレースに拒む権利はもうない。静かに白い指先をのせた。


その後も、日がすっかり暮れようが帰ろうとしない客への応対が続き、貼り付けた笑顔にも限界が近づく。これほどたくさんの人と言葉を交わしたのは、グレースにとっては生まれて初めての経験だった。

一方でラルドはといえば、早朝からの微笑を崩さずそつがない。もしかしたら「精巧な面でもつけているのでは?」と、頬を引っ張ろうとした。その手が寸前で掴まれ、冷淡な青い瞳でにっこりと耳元に囁く。

「こんな人前で『おねだり』ですか?すみませんが、もう少し待ってください」

瞬時に顔と言わず首筋と言わず全身を赤らめたグレースの手の甲へ、周囲に見せつけるように口づけを落とす。幸か不幸かその様子が来賓たちからのあらぬ誤解を招き、程なくして身内を残し宴はお開きになった。

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