猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「ジムも無事みつかったことだし、館に帰るわ」

「お送りしましょう」

歩き始めた彼女の半歩後ろについたラルドへ、顔を前方に据えたまま、グレースはぶっきらぼうに話しかける。

「うら若い娘でもないし大丈夫よ。それに貴方と並んで歩いていたなんて誰かに知られたら、明日から城の中を歩けなくなるじゃない」

「そうですか。では、これにて失礼いたします」

思いのほかあっさりと引き下がった彼が、仰々しく辞去の礼をとる。その気配を背中で感じ、グレースはジムを抱えていた腕に力を込めてから足を速めた。

しかし、彼女の足音に後ろから別の足音が続く。ピタリと立ち止まるとそれも止まる。そんなことを数回繰り返し、ついにグレースは振り返った。予想に違わず見つけたラルドの姿へ、不機嫌に問う。

「どうしてついてくるの?」

「僕の目指す方へグレース様が行かれるので」

そんなはずはない。舞踏会が行われている広間と彼女の住まいである館は正反対の方向だ。

「……嘘ばっかり」

ぼそりと呟くと、ラルドは鼻を鳴らし小馬鹿にしたような笑いを漏らした。

「本当ですよ。僕は……そうそう、そこの君を捜していたんだ」

庭を警ら中だった若い衛兵を呼ぶ。貴人から声をかけられ、身を硬くして「はっ!」と姿勢を正した彼に、むすっとした面持ちのグレースを示した。

「この方をお送りして。陛下の叔母君のグレース様でいらっしゃるから、くれぐれも失礼のないように」

「え……は、はいっ! かしこまりました」

宴に出席していたにしては地味な衣裳で黒猫を抱える彼女に、衛兵は一瞬だけ怪訝な顔を向けたが、すぐにそれをあらためる。
「よろしく」と反対方向へ歩き始めたラルドを、躊躇いがちにグレースが呼び止めた。

「ねえ、ラルド。貴方、もしかしてまだあの人を忘れられないの?だから結婚をしないの?」

問いかけにくるりと首だけを巡らせたラルドの横顔には、本心が隠された作りものの笑いが張り付いている。

「僕は一度お会いした女性を忘れたりなどしませんよ。そうおっしゃる姫こそ、そろそろ本気でお相手を選ばれないと。来年には三十歳になられるはず」

「……それは貴方も同じでしょう。ひとつしか違わないではないの」

口でこの貴公子に勝った例しがないことを思い出し、グレースは苦々しさに奥歯を噛みしめる。ふいと身体の向きを変え、王城の奥にある母親と暮らす館へと早足で戻った。
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