猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「それにしても、グレース。やはり貴女と結婚してよかった」

突然の思いもよらぬ告白に、痛みを感じていたはずの胸が鼓動を速め、違う理由で苦しくなっていく。

「まさか国家転覆を勧められるとは思いませんでした。本当におもしろい。これから先も、退屈しない生活を送れそうです」

理由を聞かされ、グレースの身体から力が抜けていった。勘違いまでしてなにに期待したのかに思い至れば、身体中が熱い。その火照った白い首に、ラルドがひやりと冷たい手を添える。

「ただ、今後は軽はずみな発言は控えてください。どこに人の耳があるとも限りません」

片手で一回りしそうな大きな手をグレースの細い首にかけ回された指先が、僅かに滑らかな肌に食い込む。驚きに息を詰めた彼女の緑の瞳が、楽しげな弧を描くラルドの口元に釘付けになった。

「不用意なひと言で首が胴体と離れるのは、もう貴女だけでは済まされない。この家に来たということは、そういう意味なのですよ」

家長として守るのは名と血だけではない。その家に関わるすべての者たちに対しての責任を持つということだ。たったひとつの小さな過ちで表舞台から消えていった家など、数え切れないほどにある。

自分の考えの至らなさに唇を噛みしめるグレースの腰が抱き寄せられ、退けられた手の代わりに熱を持った唇が首筋を纏わり付くように這う。

しかし彼の唇がその場所より上にくることは、初夜以来ただの一度たりともなかった。
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