猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁


厳しい寒さも緩み始め、雪解けの水が地面を濡らす。そこに小さな春の息吹が見え隠れするようになると、屋敷に閉じこもっていた貴婦人たちも活動を始める。
さっそくグレースの元にも、伯爵家との結びつきを得たい家々から、何通もの招待状が届けられていた。

こうなってくると、王女時代の方が気楽だったと思ってしまう。周りは、城にいる王女をそう気安く茶会などに招待するわけにはいかなかったし、グレース自身ももてなす側に回らずに済んでいた。

ところが伯爵夫人ともなれば、誘いをむげに断るわけにもいかず、ときには屋敷に招くことも必要となってくる。それが貴族の妻の務めだといわれてしまうと、まったくの無視はできない。

必要最小限の付き合いで済まそうとするグレースでも、伯爵家と縁続きであるエディントン侯爵夫人からの招きには、応じざるを得なかった。

「近頃のヘルゼント伯爵はすっかり付き合いが悪くなった、なんて、義弟がぼやいておりますのよ」

アントニーの義姉であるメアリーがグレースに水を向けると、本日の招待客たちは待ち構えていたかのように目を輝かせる。

「最近は、どんなにお仕事で遅くなられてもお屋敷に帰られるとか」

「羨ましいですわ。あんなに素敵でお優しい方が旦那様だなんて」

夫を褒めちぎられ、グレースは曖昧な笑みでごまかす。国王の縁談がまとまり、異国の姫を迎える準備で多忙な中にあっても、ほぼ毎晩屋敷に戻って来ているのは事実だ。
その理由を考え思わずもらしたため息が、目ざとく見つかってしまう。

「そのご様子ですと、おふたりのお子様にお目にかかれる日もそう遠くはなさそうですわね」

自身はすでに二男一女の母であるメアリーが、眼を細めて彼女を見る。グレースはいたたまれなくなり、その視線から逃れるように強い芳香を放つ茶を口にした。
鼻を抜けていく香りと舌に残る強い甘さは、ふとある人物を思い起こさせる。

「そういえば、最近マクフェイル男爵夫人をみかけないようですが?」

結婚以降ラルドに連れられて出席した集まりでは、必ずといっていいほど目にしていた社交好きな彼女の姿を、春になってからはまだ見ていない。それほど親しい間柄ではないが、なんとなく気になったのだ。

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