猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
すると「あら」と驚きの声が上がる。

「グレース様はご存じありませんでしたか?実はあの方、『おめでた』なのです」

「おめ……?」

「懐妊なさったのですよ。十年も待たれたのだもの。男爵もそれはそれは喜ばれて」

グレースは目を瞬かせた。結婚して十年間も子ができずにいたというのか。それほどに辛抱強いマクフェイル男爵の顔を思い出そうとするが、良くも悪くも印象に残る夫人に対して、夫の方はどうにもはっきりとしない。
なんとも奇妙な組合せの夫婦が、よくぞ長続きしたものだ。グレースは自分たちを棚にあげ、他人事のように感心する。

その違和感を裏付けるように、噂好きの貴婦人たちの声が潜められた。

「その男爵夫人!長引く悪阻がひどくて気が塞いでると聞いたので、先日お見舞いに伺ったのですけれど……」

日頃から親交があるのだろう。セグバー子爵夫人が思わせぶりに言葉の端を濁す。案の定、グレース以外の全員が身を乗り出した。

「あくまで、あたくしがそう感じただけですのよ?」

「前置きは結構よ。早くおっしゃってちょうだい」

なおも焦らす彼女をしびれを切らしたメアリーが一喝する。ほかの者たちも同意し、首を縦に振っていた。

「やけに大きかったのです。その……彼女のお腹が」

ようやく話した子爵夫人の神妙な顔に、一同は怪訝な表情で詳細を促す。妊娠しているのだから当然ではないのか。

「夏にお生まれのはずらしいのですが、あれでは夏がくる前にはご出産になるのではと」

それのどこがおかしいのかがグレースにはわからなかったが、出産経験のあるほかの者たちは一様に眉をひそめた。

「それはたしかに少し妙ね」

メアリーまでもが首をひねる。さすがのグレースもどういう意味なのか気になってきた。

「マクフェイル男爵が異国に赴いてらしたのは、その辺りではなかったかしら?」

「戻られたのは、グレース様たちの婚礼が終わってからでした」

「ずっと授からなかったのに、夫が忙しくしていた時期になんて。ねぇ?」

含みを持たす物言いをして目配せし合う。いっこうに話がみえてこないグレースは、苛立ちながら隣にいたメアリーに、思い切って「いったいどういう意味なのだ」と問いかけた。それに対して返された答えに、グレースは息を呑む。

「それは、夫人のお腹の中にいる子の父親がマクフェイル男爵ではないということ?」

理解が間違っていなければ、そういうことだ。確認した内容に、自身で口にしておいて寒気がしてくる。

「かもしれない、という可能性のお話ですよ」

メアリーはいまさらながらに広げた扇で口元を隠した。いくら暇つぶしにした話だとしても、あまりにも質が悪いという自覚は残っているらしい。

「さあ、皆さん。お茶のおかわりはいかが?」

話題を転じるため給仕に命じて、新たな茶の用意をさせる。再び甘い香りが、すっかり長くなったうららかな陽の差し込む談話室に満ちた。


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