猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「妊娠?そんなバカな……」

あまりにも予想外のことを告げられ、ラルドは唖然とたする。懐妊を目的として、あれだけ彼女を抱いているくせにおかしな話だが、なぜだかそんなはずがないと考えているが自分がいた。

「バカって。まさか覚えがないと言うつもりはないよな」

「それは、もちろんです、が……」

本人からも家の者からも、そのような事実は知らされていない。当事者である自分を差し置いて、なぜ赤の他人であるアントニーが先に知っているのか。珍しく表情に出してしまった疑問は、すぐに解決する。

「さきほど義姉上から連絡があってね」

「メアリー様から?」

「今日、屋敷にグレース様がいらしたらしいのだけど、具合が悪くなったとかで途中で帰られたそうだ。“もしや”と思って、私に確認してくれと知らせがあったんだが……違うのか?」

今頃になってラルドが不審な顔をしていることを気にし始めた。

「ええ。僕はなにも聞いてません。メアリー様の勘違いでは」

「三人も子を産んでいる姉上が?まあでも、本人さえ気づいていない可能性も考えられる。あるいは、驚かせるつもりで黙っていたとか。だとしたら、悪いことをしてしまったかな」

ラルドはひとりで勝手な妄想を広げているアントニーを置き去りにし、遅れた時間を取り戻すため早足で回廊を進む。

家の存続に関わる重要事項ともいえる件を、ドーラたちが主である自分に隠すとは思えない。第一、もし妊娠が本当ならグレースはいち早く教えるはずだ。不本意な夜を過ごす必要がなくなるのだから。
どちらにせよ、屋敷に戻ればはっきりする。

ラルドはイワンのいる執務室の扉を叩いた。

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