猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「――の件は以上です。それから、ベリンダ姫がバルダロンから輿入れされる際に通る街道の整備ですが、雪が完全に消え次第、順次修復を……」

「ラルド」

イワンに報告を途中で遮られ、ラルドは読み上げていた書類から目を上げる。

「どこかご不明な点がおありですか?」

今述べてきたのは、どれも前もって決定していたことの進捗状況だ。特に問題となるような点はないはず。

「内容は予定通り進めてくれて構わない。それより、おまえの方は大丈夫なのか。なにか気にかかることがありそうに見えるが」

思わぬ指摘を受けラルドは僅かに目を見張るが、ゆるりと首を振って否定し柔らかな笑みで応える。

「ありがとうございます。ですが、陛下にご心配いただくようなことはなにも……」

言いさしてから考え直す。万が一、アントニーの話が曲解されたまま回り回ってイワンの耳に入ったら、それはそれで面倒だ。一瞬にして沈痛な面持ちに変える。

「実は、妻が体調を崩したと知らせがありまして。おそらくは、このところの気候の変化のせいでしょう。大事はございません」

「叔母上が?それは心配だな」

ラルドが心配ないと言ったばかりにも関わらず、イワンは眉を曇らせる。

「私事で中断してしまい申し訳ございませんでした。続けさせていただきます」

曲がりそうになる話題の方向を修正するべくラルドが舵を取ろうとするが、イワンはそこから動こうとしない。

「今日はもう帰って構わない。見たところ、急ぎの件はなさそうだ」

ラルドが持ってきた書類にパラパラと目を通し、そう言い放つ。たしかにその通りだが、進めなければ後につけが回るのだ。

「お気遣いは大変有り難いのですが」

「ラルド、おまえは一度鏡を見てきた方が良い。そんな心ここに在らずという様子で仕事をしたところで、捗りはしないだろう?」

「まさか!?」

思わず片手で顔面に触れてみるラルドの動揺をする姿を見て、イワンが屈託のない笑い声を上げた。

「珍しいこともあるものだな。だが、本当にもういい。私も叔母上が心配なのだといえば、納得してもらえるだろうか。それとも、王命として発令しようか?」

本気でやりかねない琥珀色の瞳に、渋々ラルドは王の下を辞去したのだった。
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