猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
御者が不思議な顔で降ってきた布を拾う。それを渡された執事が訝しげに、下車した主人に見せる。そして、執事の持つ肩掛けに見覚えのあるラルドが頭上を仰いだ。

暗いからわからない。そう高をくくって息を潜めていたグレースの小脇で「にゃーお」とジムが甲高く鳴く。

「あ、ジム!ダメでしょう!?」

グレースは、猫の鳴き声より自分の声の方が明らかに不審を招くことに気がつかなかった。

「グレース!?」

「奥様っ!!」

まんまと月明かりに浮かぶ屋根の上の姿を見つけられてしまい、途端に地上では喧騒が増す。慌てふためき中に戻ろうとするグレースを、ラルドが下から必死に留めた。

「止まれ!動くなっ!!」

力一杯叫ぶやいなや、屋敷の中に飛び込んでいく。その後を皆が追う。あまりのものものしさに、グレースは言われなくとも、その場から動くことなどできなくなっていた。

ほどなくして、小窓からラルドが顔を出す。屋根の下では、家人たちが総出で布やら藁束やらを運んで万が一に備えているが、グレースにはよく見えない。だがそれは幸いだった。もしこれが視界の良い昼間だったら、高さに目が眩んで腰を抜かすだけでは済まなかっただろう。

「大丈夫ですか」

黒猫を胸にジッとしているグレースを見て、冷静さを取り戻したのかラルドが訊いてくる。それに頷き返そうとして、グレースはちょっと首を傾げた。

「ジムを抱いたままでは動けないのよ」

やはり片手だけでこの重さを支えるのには無理があるのだと、さっきの件で思い知る。窓枠から身を半分ほど乗り出していたラルドが、これみよがしに舌打ちをした。

「麻袋にでも入れてしまいましょうか」

先日の痛みを思い出し、袋に入れた猫を屋根から放り投げそうなほど苦々しげに顔をしかめる。ラルドの殺気を察したのか、ジムがグレースの腕から飛び出し、フーッと背中を丸めて毛を逆立てた。
それをラルドが鼻で笑うと、ジムはいままでのへっぴり腰は何だったのかというほど軽やかに屋根を駆け、ぴょんとラルドの頭を踏みつけてから屋敷の中に入っていく。中で今にも倒れそうなくらいに青ざめた顔をしているマリの腕に、何食わぬ顔でちゃっかり収まった。
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