猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
戸惑いがちに告白されたグレースも困惑に瞳を揺らす。するとラルドが眦を下げて柔らかく笑った。

「ほら。貴女のその困った顔や怒った顔が好きなのだとも気づきました」

「……悪かったわね、愛想がなくて」

グレースは自分の顔がどんどん熱くなっていっていくのが、ラルドに伝わっているのだろうかと心配する。隠したくても、背けたくても、しっかりと彼の手と瞳に捕まってしまっているのだ。

「嘘偽りのなさがいい、と言ったら怒りますか?」

子どもの頃から『ヘルゼント伯爵の息子』というだけで向けられてきた愛想笑い。大人になってからは、彼自身が持つものへ媚びへつらう、いやらしい笑い。
そんな上辺ばかりのものを見せられ続けてきたラルドにとって、あからさまに負の感情をぶつけてきたグレースの反応は新鮮に映っていた。

最初は王族というだけで嫌悪を覚えたが、あのアイリーン王妃に対しても物怖じしない態度に、俄然と興味を抱く。ロザリーを慕う者同士という妙な連帯感も生まれた。

だからラルドもグレースに対して、その肩に預けられたものを守るための作り笑いを浮かべずに済んだし、思いがけず弱音を吐くこともできた。

「以前『好きでもない人と結婚するのか』と訊かれましたが、少なくともあの時点ですでに、僕にとっての貴女は『好ましい人』だったのですよ」

ああ、そうだ。
初めて薔薇園で会ったときから、ラルドには行動の読めないグレースが『特別』だったのだ。いまさらながらに気がつくと、おかしさがこみ上げる。

「そして今は、職務中に会っていない日を数えてみたり、突然行方をくらまされ血眼で探し出した妻に、自殺未遂や離縁を切り出されて激しく動揺し、名のためだけに夫婦を続けるという人を、それでも手放したくないと思うくらいには貴女のことを――愛しています」


たたみ掛けるように告げられた想いを一度では受け止めきれず、グレースは呆然と、契約だけで結ばれていると思っていた夫を見つめ続けた。

「ですから、離婚しないという条件は承知できますが、貴女以外の女性を囲うことはしませんし、もちろん子など作る気もありません。たとえ偽りの夫婦になったとしても、僕の妻はグレース、貴女だけです」

穏やかに微笑むラルドの手の中で、グレースの顔がどんどんくしゃりと歪んでいく。

「……なんで、なんでそんなことを言うの?せっかく二番でも三番でも、たとえ最下位でも、貴方の側にいられればいいと思えるようになったのに」

鼻の奥がつんと痛くなるのを必死で堪えて、ラルドの胸倉を掴んだ。

「そんなことを言われたら、貴方の『一番』を諦められなくなるじゃない」

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