猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「なんのことですか」

訝るラルドの外套の襟を、グレースは力の限り引っ張る。突然のことに体勢を崩し頬から手を離したラルドの首の後ろに手を回すと、彼の頭をグイッと引き寄せた。

ぶつけるようにして、自分の唇を彼のそれに一瞬だけ合わせると飛び退く。
初夜以来の口づけだった。

「亡くなってからもずっと、ラルドがロザリーを想い続けているのはわかってる。でも、その想いを抱えているラルドを好きになってしまったの。だからわたしはロザリーの次でも構わない。それどころか、その想いの欠片でも向けてもらえれば十分だ、って納得するつもりでいた」

ふたりの唇が重なったのは瞬きする間にも満たなかった。それなのに、はっきりと感覚の残る唇をグレースは指先でなぞる。

「なのにやっぱり、貴方の一番になりたいと思ってしまうわたしは欲張りなんだわ。ロザリーに……死んでしまった人にまで嫉妬しているなんて、みっともないわよね」

俯き、自己嫌悪で苦笑いを浮かべた顔を隠すグレースの髪が、ラルドの手によって耳にかけられる。指先が触れた耳介はそこから赤く染まっていく。

「貴女がなにを基準に順番を決めているのかはわかりませんが」

耳の縁から首筋に沿って下がっていったラルドの指が、グレースの頤にかかりそれを持ち上げた。

「もし僕が愛おしいと想っている人の順位だとしたら、今現在の一位はグレース、間違いなく貴女ですよ」

瞬きもできず目を見開くグレースの唇に、口づけが落とされる。ついばむように何度も繰り返され、次第に一回が長くなっていたそれが不意に止んだ。

「以前は断られましたが、やはりお教えしなくてはいけないようですね」

意地悪く口角の上がったラルドの唇が、グレースの緑色の瞳に迫ってきた。反射的に閉じた瞼に唇が触れる。

「そう。貴女の瞳は新緑のようでとても美しいのですが、こういう場面では閉じておくものです」

「なにを……っ!」

恥ずかしさをごまかすために抗議しようとするグレースの口を、再びラルドが素早く塞ぐ。次は離されることなく続けられる口づけに、自然とグレースの瞼は下りていく。

躊躇いながらもグレースが両腕をラルドの首に回せば、彼はより口づけを深めていった。

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