猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
*猫かわいがりな伯爵の型破りな奥方


長い長い口づけを交わした後のまだ火照りの残るグレースに、ラルドは自分の外套を脱いでかけ、フィリスの墓石の土台に躊躇する腰を下ろさせた。自身も隣に座り、妻の華奢な肩を抱く。

肩にもたれたグレースの頭越しに、ロザリーの墓標を見上げた。

「たしかに、僕はロザリー様を母とも姉とも慕っていました。恋心を抱いていたのだろうと訊かれれば、否定はしません」

肩に乗るグレースの頭が微かに動く。ラルドは長い髪を指で梳きながら話を続けた。

「あの方が亡くなった後もその死を受け入れられず、なにもできなかった無力な自分を恨めしく思い続けていました」

グレースと再会したのは、ようやく城に上がることができたラルドが、薔薇園でロザリーの面影を求めて彷徨っていたときだ。偶然にもグレースと遭ったことで、ここで起きたあの日のことが瞼に蘇り、余計に喪失感が増した一方で、ロザリーの存在が夢や幻ではなかったことが確認できたようにも思われた。

「一時は、あの方を王宮に閉じ込めたギルバート様に、一矢を報いようとさえしていたのですよ」

彼が偏愛したロザリーにそっくりなフィリスを使い、ラルドから様々なものを奪っていった国王から、すべてを奪い取ることができたらと本気で思っていた。

その人が今は義理の兄となっている。

「貴方もわたしのことを言えないじゃない」

瞼を閉じたままぽつりと呟くグレースの声に、非難の色は感じ取れない。むしろ、からかい混じりで続きを促してきた。

「どうして止めてしまったの?面倒になったから?」

前に発した言葉をそのまま返され、ラルドはグレースの耳元で苦笑する。その吐息がかかったのか、ぴくりと彼女の肩が揺れた。

「ええ、そのとおりです。面倒くさく……というか、バカらしくなりました」

ラルドの肩から心地好い重みがなくなる。グレースは起こした頭を不思議そうに傾げた。

「僕と同じか、それ以上のものを奪われた人間が、手に入れられるはずの多くのものや、積年の恨みつらみもすべて捨て、たったひとつのものを取りに行ってしまったんです」

金茶の髪を一房すくい、ラルドはくるくると指に巻き付け弄ぶ。お気に入りの玩具を取り上げられてしまい、拗ねている子どものようにも見えた。

ロザリーの死因に関し、限りなく黒に近い灰色だったアイリーンは死に、退位したギルバートの命もそう長くは保たないだろう。二十年以上も育てていた怒りの行く先は、呆気ないほど簡単に失われてしまったのだ。

「過去に縛られ囚われていても得はない。墓標に怨嗟をぶちまけても、愛を囁いてみても、何ひとつとして返って
はきませんから。正に、死人に口なしです」

「……それ、使い方が違うと思うわ。貴方の口から出てくると、別の意味に聞こえる」

憎まれ口を利き尖らせた妻の口を、ラルドはまた口づけで塞いだ。

「口がなくては、こうして愛していると伝えることもできません。だから貴女は、亡くなった人間に嫉妬などしなくていいのですよ」

まだ不安げに瞳を揺らすグレースの手を取り、指先に口づけを落とす。

「順位などというものは比較対象がある場合につくもの。グレースのような『特別』は、僕の中にはほかにいません。だから自信を持って傍にいてください」

小さく頷きが返されたことを確認し、ラルドはそのまま手を引いて立ち上がる。

「さあ、いいかげん戻らないと。マリが心配で倒れてしまいますよ」

なにも告げずにここへ来たことをいまさらながらに思い出したグレースは、目を丸くすると裾をたくし上げ、林の小道へ向かって一目散に駆けだした。

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