猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「フィリス様のお部屋なんです。なにせいらっしゃったのが急だったので、すぐに使っていただける部屋がここしかなくて。お休みのときまでには別のお部屋をご用意します」

「フィリスの……?」

そう告げられてこの館が姪の療養先だったことを思い出した。現在はヘルゼント領の一部となっているミスル湖を含む一帯は、もともとロザリーの家が所有していた土地だったのだ。

それにしても、死んだ人間の部屋をいつまでもそのまましているのか、という不審が声にこもってしまう。

冷たくなった風を遮るため窓を締めるコニーの口元が、柔らかな微笑みを湛えた。

「はい。いつ帰っていらしてもいいように……」

ただの感傷だけとは思えない言葉が、グレースの胸に引っかかる。

「あの人はもう、ここには戻ってこないよ」

いつの間にか開けられていた廊下へ続く扉に、腕を組んだラルドが寄りかかっていた。

「ラルド様。女性がお休みになっている部屋の扉を勝手に……」

「妻のところへ来ただけじゃないか。お目覚めはいかがですか?我が姫。今回は途中で起きないほどぐっすり眠っていましたね」

コニーの苦言を遮ったラルドの口調は、丘での甘い優しさが幻聴だったのかと思うほど、いつもどおりの皮肉なものに戻っている。荷馬車からここまで運んだ腕が疲れたとばかりに、わざとらしく腕まで揉んでみせた。

「ごめんなさい、わたしまた……。そうだ、マリは!」

姿の見えない侍女の行方が気にかかる。

「あの方でしたら、私たちの部屋で休んでいます。もう起きたかしら?様子を見てきますね」
ライラを連れて出て行くコニーの背をラルドは視線で追ってから部屋に入り、慣れた様子で窓際にある長椅子に腰掛けた。

「しばらく会わなかった間に、ライラはまた大きくなったようです。ますます父親に似てきて。落ち着きのないところは母親似かな?」

表情を和らげるラルドの隣に腰掛けたグレースは、ライラの、母親とはまったく色の異なる瞳に興味が湧く。あの色を持つ人に会うのは三人目だ。

「あの子の父親って?もしかしてこの辺りは、あんな色の瞳を持つ人が多いのかしら」

ヘルゼント領に来てから会った人たちを思い返してみるが、紫の瞳の記憶はない。

「セオドールですよ。彼の家系には、ときどきあのような色が出るそうで」

「……そうなの」

またひとつ、グレースの中にもやもやとしたものが溜まっていく。すっきりしない想いを抱え浮かない顔をしている妻の二の腕を引き、ラルドは胸の中に抱き寄せた。

「そんなことより、こうして久しぶりに会った夫になにか言うことは?」

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