猫かぶりな伯爵の灰かぶりな花嫁
「久しぶりって、いまさ、らっ!?」

グレースは吐息を吹きかけられた耳を押さえる。

「つれないですね。さっきはあんなに積極的だったのに」

「あれは……」

自分から唇を合わせたこと。その後ラルドと交わした口づけのこと。すべての感触が口元に蘇り、また身体に熱がぶり返す。

「おっしゃるとおり。いまさらですよ、夫婦なのだから」

羞恥に頬を染めていたグレースは、平然と顔を近づけてくるラルドの胸を押し戻した。

「先に必要ないと言ったのは貴方よ」

「そんなこと、まだ覚えていたんですか」

過去の失言を指摘されたラルドは、責めるようなグレースの瞳から顔を逸らして歪ませる。小さな舌打ちまで聞こえてきた。よく見れば彼の耳がほんのりと赤い。
それを確認したグレースがにやりと笑う。

「忘れてあげてもいいわ。その代わり、お願いがあるの」

途端に強気になったグレースを怪訝に感じながらも、ラルドが続きを訊く。

「今日の件でマリたちを責めないであげて。勝手なことをしたわたしがいけないのだから」

護衛役が不用意に護衛対象から離れたことや、居眠りをして主の動向を把握できなかったこと。どちらも、職務怠慢を理由に首を切られたとしても文句は言えない。伯爵家を解雇となれば、次の職を探すのも難しくなるだろう。それに――。

「マリの主人はわたしよ。どうしても処分をというのなら、下の者の監督不行届でわたしが責を負う」

「しかし、それでは……」

案の定渋るラルドは、他の者に示しがつかない、そう言いたいのだろう。だが、グレースはある確信をもって引かなかった。

「みんなで黙っていればいいの。ラルドだって、そのつもりでここへ連れてきたのでしょう?」

目を腫らしたマリをそのまま帰すわけにはいかないと、先に言ったのは彼だ。

問い詰められ、ラルドは肩をすくめて苦笑する。

「まあ、それもひとつの理由ですが」

言い負かした気になり得意顔でいたグレースは、肩を押されて長椅子に倒されてしまう。覆い被さってきたラルドで、仰向けの視界がいっぱいになった。

「いいでしょう。彼女らの不手際は今回に限って見逃します。ただし、居眠りをしたマリに代わって、今夜は貴女を寝かせませんから」

「なっ、なんで、条件が増えるのよ?」

甘く妖しい光を湛えた瞳に搦め捕られて、グレースの声が掠れる。

「こちらは二人を許すのです。当然ではありませんか」

再び求められれば、グレースにもう拒むことなどできない。彼の熱い想いとともに受け入れる。
渇いていた口はラルドで満たされ、熱を持ったままの唇がグレースの首筋を下りていく。胸元のボタンはいつの間にか外され、白い肌が晒されていた。




< 98 / 126 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop