こくおうさまのすきなひと

「初めに言っておく。抱きしめた、というか正確には抑えたと言った方がいいか。決して彼女を想っていたから抱きしめた訳ではないんだ。ああでもしないと今にも襲いかからんばかりだったからな。……彼女はラーミア公爵家の令嬢、まだ私が王子であった頃親しくしていた女のひとりだ」

「親しく……」

「私がこんなにも早く国王にならなければ、もしかしたら彼女……セシリアと私の仲は、もっと深いものになっていただろう。だが、急な状況の大きな変化により、私とセシリアの仲はそのまま途絶えてしまった。思い出す余裕もないまま、国王としての毎日を送り、いつの間にか記憶の彼方に置き忘れてしまっていたんだ」


私は国王様が王子だった頃の事を何も知らない。

でもこれだけの顔だもの、そんな人がいたって不思議ではない。


それは最初から分かってた。

だけどそうはっきりと国王様の口から聞かされると、少し心が痛む。


「セシリアと再会したのは、あの夜会での事だ。セシリアは側妃でもいいと、私の傍にいさせてくれと言ってきた。だが私は、私の傍にいる人はミネアだけでいいと、その願いを断ったんだ。それで逆上しあのような形になってしまったのだよ。確かにセシリアには悪い事をしたと思っている。けれど、もう私の想いは変わらない。セシリアを前にしても、あの燃えるような感覚はない。その感覚に捉われるのは、ミネア、もうお前ひとりだけなんだ」


国王様は抱きしめていた身体を離すと、わたしの顔をじっと見つめる。

情熱的な潤んだ瞳が、まるで炎のようにゆらゆらと揺らめいている。

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