【完】『轍─わだち─』
いっぽう。
穣と百合子のタクシーはというと、
「どうしてああいうことを人前で言うんだ」
と、車中で口論になっていた。
「あなたは大人しくケーキだけ作っていればいいの、どうせろくに計算できないんだから。誰が帳簿つけて確定申告してると思ってるの」
と口が立つ百合子は、穣の何倍もの言葉数でやり返した。
「でもさくらの彼氏だかってあの若僧、おれは好かん」
「さくらはあなたの所有物じゃないの、人間なの。そこ分かってる?」
言っているうちに百合子はだんだん腹立たしくなってきたのか、
「嫌いなら最初から子作りしなきゃいいじゃない。作っといて後から文句ばかり言うってのは、無責任もいいとこじゃないの」
しかも陰でぶつぶつ、と、溜まってたものを吐き出した。
「店の規模を大きくしてから言ってちょうだい」
相当イラついていたものか、百合子はそれきり、弘明寺に着いてタクシーを降りるまで穣とろくに口も開かなかった。