【完】『轍─わだち─』
「うちのダァはね」
と耀一郎のことをまりあは言う。
どうやらまりあは耀一郎にぞっこんなようで、
「結婚したら引退しようかなぁ」
などと、冗談とも本心ともつかないようなことを言うのである。
こんなに自然な笑顔のまりあは、つばさは見たことがない。
他方で。
あれは欲しい、これは嫌いとハッキリものを言うまりあを耀一郎は、
「なら、まりあの好きなようにしようか」
などと、にこにこと笑みを浮かべながらおおらかに受け答える。
その包容力たるや、ただの大人というにはなにかが違う、どこか冷静で透徹した目さえあった。
「つばささん、誰か特定の人は?」
「実は婚約しまして」
それはおめでとう、と耀一郎は穏やかに、
「今度、小さなお祝いをしないとね」
と言い、プリンに添えられていたコーヒーを飲んだ。