【完】『轍─わだち─』
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この常連客というのは町内会で班長もつとめていたらしく、
「ここのアパートの大家さんは株で借金して、それで破産して競売にかけられたってのは知ってる」
といい、
「確か橋元さんってもともとはいわゆる水商売でね、誰か知らないけどよく男が通ってきててさ」
確か息子さんがいたんだけど、芸大出て留学までしたってのは聞いてる…という話であった。
「で、息子さんは近所で子供がいなかったご夫婦のとこに里子になったって言ってたかな」
百合子は、
「その息子さんは?」
と訊いた。
「里子に出された先の名字は分かんないけど、確かヨウちゃんって言ってたかなぁ」
どんな字を書くのかは知らない、と常連客は言い、
「今じゃどこにいるかも分からないし、なんてったって里子に出てるぐらいだから、よっぽど何かあったんじゃないかなぁ」
百合子には雲をつかむような話であった。