【完】『轍─わだち─』
いっぽうで。
大輔にとって耀一郎の存在は誤算であった。
「またあいつか」
思わず大輔はうめいた。
また、というのは。
大輔の学生時代まで、解説が要る。
大輔は名門の大学に幼稚舎から籍があって、いわゆるボンボンながらミスターキャンパスの大学代表になるほどの秀麗な顔立ちをしていた。
「あれは東京じゅうの女子はみんな高杉に取られるぞ」
と笑えない噂が立ったほどでもある。
他方で。
耀一郎は県立高校の定時制から最初は関西の大学の工学部の二部、すなわち夜学に入ってから、教授のすすめで芸大に転籍しており、いわば叩き上げといっていい。
「人間の外見ほど、あてにならないものはない」
というのが耀一郎の持論で、生真面目で律儀な面が信頼され、待ち合わせには三十分前から待つという性格である。