【完】『轍─わだち─』
学生会館になってからのち、何度か昔は来たことがあったらしいが、かつての兼康御殿の様変わりように百合子は、
「みんな夢なのか、みんな現実なのか、どっちがどっちやら」
と何か含んだ言葉を残し、それからほどなく心筋梗塞で、さくらに看取られて世を去った。
百合子の葬儀の日は珍しく横浜に雪が降りしきるなかで、かつての初公判の雪とまではゆかなかったが、やはり轍が出来て足元は悪かった。
「栄枯盛衰だなぁ」
とさくらがボソッと言った。
見送る者も少ない、足場が悪い雪の溶けかかった道を、百合子の棺が乗った霊柩車は、皚然とした空の下を、ひどく右に左に揺られながら斎場へ向かって、ノロノロと走り始めたのであった。
(完)