【完】『轍─わだち─』
ところが。
てっきりつばさは彬がなりたくてパティシエになったのと思っていたのが、まさかの諦観でなったといった本心には幻滅したようで、
「アッキーさ、今まで何をどう教わってきたの?」
と、たまらず訊いてしまうほど根本的なところの問題に気がついたようであった。
パーティーは締めくくりの、女将の百合子の挨拶がすでに始まっている。
「…明治以来、関東大震災や横浜大空襲を乗り越えて、株式会社兼康と、私たち兼康家はここまで歴史を紡いできました」
その百五十年という時の重みが、彬の性格を無気力なものへと変質させてしまっているようにも、いわば第三者であるつばさの眼には映っている。
つばさは、少し離れた海の方へ歩いて、潮風に身体を預けながら、酔いを少し醒ましてみた。
「…間違いなのかなあ」
独り言を呟いてみたが、それはすぐ風の音にかき消された。