君への轍
濱口家の今夜の夕食は、筍ご飯に、鯛と牛蒡の炊いたん、キャベツのすり流し。

「水島くんには、ちょっと……あっさりしすぎやったかなぁ。まあ、飲みよし。」

継父はビールを注ごうとしたけれど、薫は慌てて辞去した。

「車で来てますので、今日は、すみません。」

「酔いが醒めてから帰ったらええやん。……なんやったら、泊まってってもよろしいのに。」

「ありがとうございます。でも明日、早いので。」

薫は申し訳なさそうにそう断わった。


……まだ挨拶を交わしただけなのに……既に、母も継父も、薫に好印象を抱いているようだ。

あけりは、やけに馴染んでる薫をやぶにらみしながら、筍ご飯を口に運んだ。


「葵祭に行ったんやて?」

鷹揚に継父が尋ねた。

「はい。私の祖母が上賀茂出身で、毎年、観覧席の案内が届きますので、あけりさんを誘いました。」

……あけりは、緊張して、お箸を置いた。

「日が陰って、あけりさんの体調が思わしくなさそうなので、途中で退席したのですが……神職の男性が心配して、救急車を呼ぼうかとお声掛けくださいました。……このかたです。」

そう言って、薫は胸ポケットから名刺を2枚取り出して、あけりの継父に手渡した。

継父は表情を変えずに名刺を眺めて、何も言わずに、あいりに名刺を見せた。

あいりは息をついて、目を閉じた。


「……何か……仰ってましたか?……吉永先生は。」


黙りこくってしまった母に代わって、継父がそう尋ねた。

「いえ。……いや。あけりちゃんはお母さんに瓜二つだと仰ってました。……お母さんが、今、元気かどうか、気に掛けてらっしゃいました。」

薫はあけりの母のあいりのことを、敢えて「お母さん」と呼んだ。

「……そうですか。」

継父は気遣わしげに妻を見て……それから言葉を継いだ。

「他には?……何か……聞かはったんちゃいますか?」

薫は、まっすぐあけりの継父を見つめて、言った。

「吉永さんのご自宅にうかがいました。そこで、吉永さんのお母さまとお逢いしました。……あけりちゃんは、吉永さんのお母さまにも似ていました。」

母のあいりは、がっくりとうなだれた。

「ママ……。」

それまで黙っていた、あけりが涙目で口を開いた。

「吉永拓也さんが……私の……父なの?」
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