君への轍
「それでも、お母さんはあけりちゃんを産んでくれはったんですねえ。」

しみじみとそう言ってから、薫は食卓につきそうなぐらい頭を深く下げた。

……感謝を伝えているらしい。


さっきまで泣きそうだった母のあいりの頬が、ふっと緩んだ。

「まあ、そういうこっちゃ。これ以上しゃべるとあちらさんの悪口になってしまいそうやから控えるけど……これだけは言うとくわ。吉永さんのご両親も、ママのことを気に入っていたんやで。ほんまに、卒業を待って結婚って決めてたんや。」


継父の言葉に、あけりの胸がジクジクと痛んだ。

つまり……こういうこと?

「今回は中絶しろって言われたの?ママが高校を卒業して結婚してから、改めて、子供を産めってこと?」

自分の言葉に、あけりは傷ついた。

思わず胸を押さえた……。



「あけりちゃん……。」

心配そうに、薫があけりの肩を抱いて、震える手を握った。


継父はつらそうにうなずいた。


「……私……要らない子やったんや……。あのヒト達にとって……。」

血の気のない唇で、あけりがそうつぶやいた。


慌てて、継父が否定した。

「それは違うで!吉永先生は、家も、仕事も捨てる、って言うてくれたんやで。親子3人で、知らない土地で生きていこう、って……」

「そんな、夢みたいなこと言われても……ね……。」

母のあいりが、苦々しげに言った。

「別に法を犯したわけでもないんだし、ご両親を説得してくれるだけでよかったんやけどね。……そりゃ、ご近所でも学校でも陰口は叩かれはるでしょうし、多少の問題にはなるかもしれないけれど……私が退学して結婚してしまえば、たっくんが学校をクビになることもなかったと思う。でも、結局は、ご両親には逆らえないヒトだから……。」


「……うん。何となくわかる……気がする……。」

ほんの数分しか時間を共有しなかったけれど……吉永の母には貫禄があった。


それにしても……たっくん……たっくん……たっくんか……。

たぶん、大学卒業したてのイケメン体育教師で、女生徒のアイドルだったのだろう。

無駄にスペックの高いマザコン……ってところかな。


あけりは、やたらスタイルのいい精悍な吉永の姿を思い出した。

そして、ため息をついた。
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