君への轍
「……あけり……。あちらは、何て……。」

母が何を聞きたいのか、よくわからなかった。

首を傾げたあけりを見て、薫が口を開いた。

「よくわかりませんが……あけりさんの存在自体もご存知なかったようにお見受けしました。……お母さんは、その後、吉永さんとは一切ご連絡を取ってなかったんですね?驚いてらっしゃいました。」


あいりは、おもむろにうなずいた。

「……中絶するって、あちらには言って……外国でこっそり産んで、伯父夫婦の養子にしてもらえばいいと、両親に勧められたの。それで、留学するから1年休学すると学校に手続きしに行ったんだけど……たっくんは、私が中絶するって信じ込んでいて……明らかにホッとしてるのよね……何だか……やりきれなくて……。」


あー……。

わかる気がする。


「なるほど。吉永さんの本音を垣間見て、冷めはったんですね。……それで……休学じゃなくて、退学してしまわはったんですか?」

薫がそう確認すると、あいりはうなずいて、苦笑した。

「……退学して、外国にも行かず……家出したの。親の気持ちはわかるけどね……お腹の子を伯父夫婦にも、誰にも、渡したくなかったの。どんなに苦労しても1人で育てよう、って。……実際、無理し過ぎて身体こわしちゃったんだけどね。」


「そっか。……吉永さん……驚いたでしょうね。……たぶん、その時点では、お母さんが、留学してリフレッシュして、また自分のもとに戻ってくるって信じてはったんでしょ?」

薫の言葉は新鮮だった。

……吉永の気持ちなんか、あけりには想像する気にもならなかった。

結果的に、自分と母を捨てた男……と思って聞いていたけれど……捨てられたのは、吉永のほうもだったのかもしれない。

まあ、自業自得か。


「そやなあ。そう考えると、吉永先生は、ちょっと気の毒かもしれへんなあ。……今、あちらはどんな感じや?とっくに結婚はしてはるやろけど……子供さんはいはりそうやったか?」

継父の質問に、あけりと薫は顔を合わせて首を傾げ合った。

「……子供がいるようには……見えなかったかも……。それっぽいモノ、何もなかったよねえ?」

「俺にも……私にも見えませんでした。てか、子供どころか……奥さんいるように感じなかったんやけど……。」


すると、あいりが妙にきっぱりと断言した。

「たとえ結婚しても、離婚してるって。あのお家、大変過ぎるもの。」

「……。」


誰も、何も言えなかった。


あいりが言うと、生々しいというか……そうとしか思えなくなってくる。

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