君への轍
薫は、指の腹であけりの涙を拭った。

「どうしよう。帰りたくなくなってきた。……お父さんのお言葉に甘えて泊めてもらおうかな……あけりちゃんの部屋に。」

「え!」

あけりは思わず、ぴょんと飛び跳ねて、一歩後ずさりした。

プッと薫が笑った。

「冗談だってば。さすがにそこまで図々しくなれんわ。……おやすみ。日曜日、絶対勝つから、応援来てな。」

「……はい。」

真っ赤になって、あけりはうなずいた。


薫は軽く手を挙げて、車を出した。 


……冗談……か。

いつまで冗談って誤魔化し続けられるかな。


薫は、やるせなく膨張した股間をなだめるべく、行きつけのソープへと向かった。



******************



週末は朝から慌ただしかった。

朝6時に、嘉暎子が彼氏の志智の車であけりを迎えに来た。


「……能楽部なのに、ずいぶんアクティブねえ。」

母のあいりは、単に能関係の史跡を訪ねるとしか思っていない。

「夜も遅くなるけど、ちゃんと家まで送ってくださるから心配しないでね。」

それだけ言い置いて、志智のアルトラパン・ルーシーの後部座席に乗り込んだ。


……帰りは薫に送ってもらうことも……薫を応援するために競輪場に行くことも……それどころか、薫が競輪選手だということも言わなかった。



途中のコンビニで、徳丸部長達と合流した。

「はじめまして。吉永です。」

吉永晃之は、伯父の吉永拓也に面差しは何となく似ていたけれど、体格は中肉中背で、一回り小さい気がした。


……血縁上は「いとこ」になるのか……。


あけりは無表情で会釈だけした。

そのまま志智のルーシーに戻ろうとしたら、晃之が引き留めた。

「こっちに乗らへん?」

不思議そうに徳丸部長は、自分の彼氏を見た。

おそらく、晃之は既にあけりの存在を家で聞いたのだろう。

あけりは渋々うなずいて、晃之の車の後部座席に座った。


晃之の車は、銀色のアウディだった。

ルーシーより広いし、乗り心地もいい。


だから誘ったのかしら……まさか……濱口さんに一目惚れとかじゃないわよね?


多少の不安を感じながら、徳丸部長は助手席に納まっていた。
< 113 / 210 >

この作品をシェア

pagetop