君への轍
特観席……と言い慣わされている有料席は、日曜日だと言うのにガラガラだった。


「まあ、こんなもんだよ。今日はS級シリーズだしね、これでもマシなんだよ、平開催よりは。」

飄々とそう説明してくれたのは、聡の父でも継母でもない……泉勝利の大ファンだという競輪ファンの男性だ。


「S級シリーズ?ヒラカイサイ?」

徳丸部長が聞き慣れない言葉を繰り返すと、横から晃之が小声で言った。

「競輪選手は、SS級、S級、A級の3つにランク分けされてるんや。平開催はA級の選手しか出ないレース。今日は半分はS級選手が出るらしいで。」


「……晃之さん、詳しいですね。競輪、ご存じなんですか?」

あけりがそう尋ねると、晃之が慌てて手を横に振った。

「知らない知らない!……大学の時に、松阪競輪に何度か行った程度。」

なるほど。

皇學館大学は、伊勢にあるから……近いと言えば近いのか。


「今は、F1と言うけどね。……あけりさんは、準記念って呼んでたね?」

聡にそう振られて、あけりは渋々うなずいた。

今は使われていない古い呼称は、泉が使っていたものだ。


「へえ。準記念とは。恐れ入ったね。若いのに。年季の入ったファンだね。」

中沢がニコニコそう言った。

インテリ風の柔らかいおじさんだった。

この人が……しょーりさんの病院に駆け付けてくださった……中沢さん……。

あけりは恥ずかしそうにぺこりと軽く会釈した。




有料席には1つのテーブルに2つの椅子がついたペア席が列んでいた。

当然のように、嘉暎子は志智と、徳丸部長は晃之と座った。

必然的に、あけりは聡と座ったが……けっこう狭い……というか、近い……。

少し動くと、手が当たってしまう。

明らかに意識して身を固くしているあけりがかわいくて……聡はあれこれ話し掛けた。


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