君への轍
「昨日のレースは観た?師匠、めっちゃ気合い入ってたよ。」

「うん。動画で観た。昨日も一昨日も逃げての3着と2着。ラインで決まってるし、文句なしね。調子よさそう。」

「まあ……今日は、文句言われちゃうかもね。……今日は逃げないで、捲りだろうし。」

「え……。薫さん、そうコメントしてはるの?」

あけりは、聡の父が買ってくれていた専門紙に目を落とした。

薫の白黒写真が、あけりを見つめていた。


「いや。いつも通り。『自力』とだけだよ。」

確かに、薫のコメント欄には「自力。」としか書かれてなかった。


「……でも、今日は、捲りだと思う。あけりさんが来てるから。」

聡は、ニッコリ笑ってそう言った。


「うん。私もそう思う。」

背後から、薫の継母が口を挟んだ。


「僕もー。」

横から、中沢さんも同意した。


「そのためには、あけりちゃん……頼んだわよ。」

聡の継母が不敵なほほ笑みを浮かべて、あけりによくわからない頼み事をした。




8レースのA級選手の決勝戦が終わると、S級選手の特選レースが2つ続く。

10レースの発売が締め切りになると、あけりは聡の継母に手を引かれて有料席から出た。

前のレースをスタートラインのそばで観戦した後、他の客からわざわざ離れて、1コーナー付近まで移動した。

聡の継母が金網に張り付くのに倣って、あけりも金網にくっついた。


薫たち、決勝メンバーが敢闘門から入場してきた。


「来た来た。……水島くーんっ!!」

聡の継母のにほが、大きな声で叫んだ。

普段は、名前で薫と呼んでいるにほだが、ココでは苗字で呼ぶらしい。


にほの声はちゃんと薫に届いたようだ。

薫は無表情のまま、こくこくと二回うなずいた。


「ほら、あけりちゃんも。」


にほにそう促され、あけりは大きな声を出そうとして……また、肺が出血するかもしれない……と怖くなってしまった。

「……水島さぁん。」

叫ぶというよりは、呼び止める程度の声しか出せなかった。


でも、薫は、パッと顔を上げた。


一瞬、視線が絡んだ。


……見てくれた……。

ちゃんと……気づいてくれた……。

それだけで、あけりは胸がいっぱいになって……泣きそうになった。



薫は、第3コーナーにさしかかったところでも大きな声援を受けた。

「薫さーん!」
と、野太い声で、志智が叫んでいた。

嘉暎子と徳丸部長も口々に叫んでいるようだ。
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