君への轍
最終レースは、先ほどのように、バンクサイドで観戦することにした。

有料席から引き上げて、みんなでゾロゾロと下へ降りた。


「僕、ここ。発走台についたら、水島くんに声かけるから。」

中沢さんは、スタート地点の真横というベストポジションに張り付いた。

嘉暎子と志智も横に並んだ。


徳丸部長と晃之は、スタンドに上がって座った。


聡の父と継母は、人の少なそうな第3コーナーに陣取った。



「……団体行動のできない人達だねえ。バラバラに観戦しなくてもいいのに。」

散らばった同行者を、バックの金網越しに眺めて聡はクスクスと笑った。

「それ、聡くんが言う?……聡くんも、独り行動派じゃない。」

思わずあけりは、そうつっこんだ。


すると聡はキョトンとして、それからしばし考えて、口を開いた。

「確かに独り行動が多かったけど、決して独り行動が好きなわけじゃなくて……たぶん、誘うヒトがいないだけだったのかも。趣味とか価値観が違うヒトを誘って気を遣わせたら悪いし。……今は、積極的に、あけりさんと行動しようとしてるよ。」

「……。」

あけりは、何も言えなくなってしまって……ただ、うつむいた。


……今、そんなこと、言われても……。


「あ。来た来た!師匠!緊張してるな~。」

聡は、どこから出したのか、小さな双眼鏡のようなオペラグラスを覗いていた。

「うう……私も、緊張する……。」

あけりがぶるっと震えて、そうつぶやいた。

「師匠がこっちに来る時だけでも笑顔になりや。……はい。どうぞ。」

聡がオペラグラスを持たせてくれた。

小さいのに高倍率らしく、薫の顔がすぐ近くに見えた。


……確かに、緊張してるみたい。



号砲が鳴り、カシャンと音を立てて、ピストレーサーが発走台から離れた。

ゆっくりゆっくりと、9人の選手が、他の選手の動きを見ながら動き出す。

そんな中、薫だけは何の迷いもなく、スイーッと前へと進んで先頭誘導員のすぐ後ろについた。


「……やっぱり、捲りか……。」

周囲のおじさん達もざわざわと騒いでいる。

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