君への轍
行ける!

逃げ切れる!

全身の血が、汗が、吹き出してるようだ。

呼吸もできない。

ゴールしたら……酸素……苦しい……。

うおおおおおっっ!!!

薫は、後方ラインどころか、番手の選手からの追随もモノともせず、逃げ切った。


「やった!」

聡が金網をガシャガシャと揺らして、喜んでいる。


優勝だ!

薫さんが勝った!


……息することも忘れて立ち尽くしていたあけりは、どっと脱力した。

金網を握っていた手にも力を入れられず……ずるずるとしゃがみ込んだ。


「勝った……。」

いつの間にか、あけりの目が涙で濡れていた。


「やったよ!しかもハコ4!!番手がツキバテして、4着!3着は、一番人気のないラインの番手!これ、つくよ!配当!」

聡はそう言って、ポケットから、プリントアウトしたオッズのロール紙を出して見た。

「……2車単2500円!3連単1万8千円!よしっ!!!」

ガッツポーズをしたところを見ると、聡は3連単を的中させたようだ。


ゴール後、惰性で半周回ってきた薫が、肩を揺らす荒い息を無理におさめて身体を起こすと、あけりに向かって右手を軽く上げた。


拍手と歓声が上がる。

「水島ー!ありがとーっ!」

と、薫に対する感謝と賞賛の声が行き交う。

着外に沈んでしまった番手選手には罵声が浴びせられている。

悲喜こもごも……勝負の世界は厳しい……。



「ほら、あけりさんも!褒めてあげて……。」

振り向いた聡は、うずくまったあけりに言葉を失った。

さっきまで、興奮して赤い頬をしていたのに……今、あけりの顔色も、唇も、血の気を失って蒼い……。

「あけりさん?しんどい?」


あけりは、目を開けるのも億劫そうに、聡を見上げた。

「……呼吸……忘れてたみたいで……酸素……足りない……。」


「マジか!」

聡は慌ててしゃがんで、持っていた炭酸のペットボトルを開けて、あけりに持たせた。

「これ、飲んで!」

「……あー……うん……。」

あけりは、持たせてもらったジュースが何なのかも確認せず、ペットボトルに唇を寄せた。

強い炭酸と、強いレモンの酸味が、やたら心地よかった。

しゅわしゅわが……血流を良くする……ような気がする……。




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