君への轍
不意に、ごふり……と、嫌な感触が上がってきた。

喉の奥……肺からこみ上げてくる血……。

そう言えば、無我夢中で叫んじゃった……。

しまった……。


後悔先に立たず。

あけりは、胸をギュッと押さえて、うずくまった。

むずむずと痒い。

咳がしたい。

でも、咳をすると、また血が出てしまうかもしれない……。

落ち着け……私……落ち着け……。


「濱口さんっ!」

バタバタと、徳丸部長が駆け付けてきた。

「ああ……やっぱり……興奮して叫んでたから、やばいんじゃないかと思ったら……とりあえず、落ち着こうか。ゆっくりでいいから、深呼吸しよ。ゆっくりね。うん、吸わなくていいから、とにかく口すぼめて吐いて……吐いて……吐いて……」

あけりの背中をさすりながら徳丸部長が、呼吸を促す。

「……深呼吸?」

そばで、あけりの荷物を持って心配そうな聡は、阿弥が息を吸うことよりも、吐くことを進めることに違和感を覚えた。

「COPDの人の呼吸法やって。こないだのことがあってから、阿弥ちゃん、肺の病気について一通りの勉強したそうや。」

遅れて駆け付けた晃之の言葉に聡は表情を変えた。

「こないだって……やっぱり、何かあったんですか?」

確か、先週能楽堂で、徳丸部長はあけりに体調を聞いていた。

詳しく聞かなかったけれど……単なる体調不良じゃないようだ。


「……大丈夫。……ちょっと……大きな声を出すと……肺がびっくりするみたい……。」

涙目で聡を見上げて、あけりがそう言った。


……全然、大丈夫そうに見えない。

口元を覆ったハンカチに赤いモノがついているようだ。

血を吐いた……?

もしかして……僕が思ってる以上に、あけりさんの病気って、深刻なのかな。



いつの間にか、薫たちは敢闘門からバンクを出てしまっていた。

客もみんな帰り、警備員と掃除のおばさんが、こちらを見ている。


「あけりせんぱーい!?大丈夫ですかー!?」

パタパタと嘉暎子が走ってくる。


「うん。大丈夫。もう平気。」

聡の両親もこちらに向かっているのを見て、あけりはすっくと立ち上がった。
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