君への轍
薫が転がるように降りてきた。


「あ……。」

ぶわっと、あけりの目に涙が広がった。



……うーん、また、失恋気分かも。

聡は苦い気持ちをかくして、あけりの背中をそっと押した。


薫が涙目のあけりを抱きしめた。

あけりの両腕がぶらーんと、脱力して揺れている。

されるがまま……薫に全身を預けて泣くあけりは、お人形のようだった。


聡は黙って、2人を眺めていた。


あけりさんがどれだけ泉勝利を好きでも……僕がどれだけあけりさんに横恋慕していても……師匠には関係ないのかもしれない。

敵わないな。

やっぱり、師匠には敵わないや。

……とりあえず、今は。




しばらくすると、一行がゾロゾロと駐車場にやってきた。

「薫ー。おめでとう!」

継母のにほが、パチパチと拍手する。

「水島くん。おつかれー。ありがとね。今回もがっちり取らせてもらったよ。」

中沢さんと、聡の父はけっこうな大金を賭けていたらしく、はしゃぎ気味だ。


「あざーす……あの、このあと、みんなで焼肉行く約束してるんですけど……ちょっと、あけりちゃんのことが心配なんで……先に帰らせてください。金、預けときますんで、支払いお願いします。」

そう言って、聡はポケットから無造作に折った札束を出してきた。


多すぎるだろ……。

とは、思ったが、誰もツッコまなかった。


「じゃあ!今日は、遠くまで、ありがとうございました!この埋め合わせは、必ず……。」

深々と頭を下げた薫の隣で、あけりもぺこりと頭を下げた。

「……本当に、ごめんなさい。……次は、興奮し過ぎないように……特観で観ます……。」


それでもまた観に来るのか……。

みんなの顔がなま温かい半笑いを帯びたなか、独り、薫だけがはしゃいだ。


「え!また来てくれるの!?」

こっくりとうなずいたあけりの頬が、ほんのり赤く染まった。


ラブラブかよ……。

何とも言えない空気をものともせず、2人は見つめあってほほ笑んだ。




薫がエルグランドの後部座席をフラットに整えていると、手伝うふりをして近づいてきたにほが小声で耳打ちした。

「あー、薫、薫。……あけりちゃん、血ぃ吐いたから。……野獣モードは封印ね。」

「アホか。……あけりちゃん相手に、そんなこと……血ぃ?」


こわばった薫に、にほは怖いぐらい真面目な顔でうなずいた。
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