君への轍
「わかった。……もう1つ……聞いていい?」

薫の神妙な表情に、あけりも真面目にうなずいた。

「うん。何でも聞いて。……まだ薫さんに言わなきゃいけないこと、いっぱいあると思うから……。」


……あけりの脳裏に浮かぶのは、病院でもがいている泉勝利の姿……。

いずれは、それも伝えなければいけない。

薫は驚くだけで済むだろうけど……問題は泉のほうだ。

あけりの母に対する怒りは……昇華しただろうか……。

弟子の薫が、あけりとつきあってると知れば……薫を破門するとか言い出さないだろうか……。


あけりの不安をよそに、薫はなるべく淡々と尋ねた。

「……出産、妊娠に至る行為は……身体に負担かからないの?」


行為……ああ……。

苦笑して、あけりは首を傾げた。

「さあ?禁止じゃないみたい。自己責任ってところかな?……したいの?」

あけりは手を上げて、薫の頬に触れた。

その手が想像以上にひんやりと冷たくて……薫はぶるっと震えて、あけりの手を自分の手で包み込んだ。


「……頼むから、煽らないでくれる?やりたいに決まってるだろ。……でも、我慢する。あけりちゃんに、これ以上、無理させたくない。」


温かい……。

薫の手も……心も……あったかくて……熱い……。


あけりの瞳がまた潤んだ。


「……うん。」


何がどう「うん」なんだか、自分でもよくわからないまま、あけりはうなずいていた。

薫も、何もツッコまなかった。


……今夜は、これで充分な気がした。

あけりの身体を最優先に考えたいと思った。

自分の性欲なんか、どうにでもなる。

今までだって、そうしてきた。


本当は、こんなことを話題にするべきことじゃない。

夜景や、ホテル、レストラン、プレゼント……女の子をイイ気分にさせて、夢見心地のまま気持ちいいセックスに持ち込む……簡単なことだ。

わざわざ許可を取るとか、中学生じゃないんだから……。



そんな自嘲も、あけりの信頼しきった瞳に、癒やされる。


……いいよ……もう……。

オトナの男としての矜持も、プライドも……君の前には、何の意味もなさない。



薫は万感の想いを込めて、つぶやいた。


「あけりちゃんが、好きだよ。君に何をしてあげられるのか……どうすれば、君を幸せにできるのか……そればっかり考えてる。」

運転中だから前方を見つめたままの告白だけど……紛れもない本音だった。
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