君への轍
よほど心細いのか……甘えたいのか……。

……いっそ、車を駐めて、あけりの気が済むまで、抱きしめていようか……。

絶対、俺、そのまま押し倒してしまいそうだな。


薫は黙って左手であけりの右手を握った。

チラッと見ると、あけりは目を閉じていたけれど……その頬が、口元がうれしそうに緩んでいた。


……いつもそんな顔を見ていたいよ……。

いや。

俺が……いつでも、あけりちゃんを笑顔にしてあげればいいんだよな。

……頑張ろう。




まっすぐ帰って来たので、暗くなる前にあけりの自宅に到着できた。

「……ココでいい。」

あけりはそう言い張ったけれど、薫は頑として譲らなかった。


渋々、玄関チャイムを押すと、母のあいりが怪訝そうに出てきた。

「あけり?クラブのかたとの遠出で遅くなるんじゃなかったの?……まあ……水島さん……。」

「また血ぃ出たから、先に帰って来た。……薫さんに連れて帰ってもろた。」

多少ぶっきらぼうに、あけりは母に報告した。

「まあ、それは、すみません。ご迷惑をおかけいたしました。……水島さんもご同行されてたんですか?」

あいりの素朴な疑問に、薫は背筋を伸ばした。

「いえ。私は、仕事で大垣へ行ってました。……部員さん達と史跡見学をした後、応援に来てくださったのですが……」

「応援……?」

首を傾げた母に、意を決してあけりは言った。

「薫さん、競輪選手なの。今日、優勝しはったの。……本当は、お仲間と祝杯をあげたいでしょうに、こうして送ってくださったの。」

「競輪……選手……。」

あいりの顔が、能面のようにこわばった。


かつて自分が裏切った前夫の泉勝利を思い出していることは間違いない。

あけりは、力強くうなずいて、母を見据えた。

余計なこと、言わないで……と、目で訴えた。


あいりは何も言わなかった。

いや、何も言えなくなってしまった。


いつから聞いていたのか、継父が飄々と顔を出し、如才なく薫の優勝を祝福し、あけりを送ってくれたお礼を言った。

薫は、あけりに無理をさせたことを詫びて、明日、改めて見舞うと言って帰って行った。



あいりは何か言いたそうだったが、あけりはすぐに自室にこもって眠ってしまった。
< 134 / 210 >

この作品をシェア

pagetop